伝説的アナハイム公演を収録した『KISS Destroys Anaheim ’76』の魅力とは?
2026年8月21日にリリースされたKISSによるライヴ・アルバム『KISS Destroys Anaheim ’76』。この作品について、音楽評論家の増田勇一さんにレビューいただきました。
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始球式と50年前
米国時間の去る8月15日、KISSのポール・スタンレーとジーン・シモンズはカリフォルニア州アナハイムのエンジェル・スタジアムにてエンジェルス対ロイヤルズ戦が開催された際、始球式を行なった。この件については、ポールが普通に投球を済ませたのち、ジーンが3回もやり直して計4回も投げたことがネットニュースなどでも報じられていただけに、すでにご存知の読者も少なくないだろう。
ジーンが完璧主義者というよりは自分が納得できるまでやり直さないと気が済まないたちであることがうかがえる微笑ましい話だが、同日、彼はXを通じて球団側に対する感謝の言葉を述べながら「この場所で我々が初めてスタジアム公演を行なってから50年。ワオ!」とポストしている。
絶対に聴いておくべきライヴ盤
そのジーンの発言にもあるように、KISSは今から半世紀前にあたる1976年8月20日、同球場(当時はアナハイム・スタジアムという呼称だった)で自己初となるスタジアム公演を実現させている。去る8月21日にリリースされたばかりの『Destroys Anaheim ’76』 は、まさにその際のライヴの模様が完全収録された作品だ。
KISSのディスコグラフィには出世作となった『Alive!』(1975年)をはじめ『AliveⅡ』(1977年)、『AliveⅢ』(1993年)、リユニオンへの布石となった『KISS Unplugged』(1996年)、『KISS Symphony:AliveⅣ』(2003年)といった象徴的ライヴ作品がいくつも並んでいるし、2021年以降は『Off The Soundboard』というタイトルでオフィシャル・ブートレッグがシリーズ的にリリースされてきただけに、「KISSの貴重な未発表ライヴ音源がついに登場!」などというニュースが届いても驚く人はさほど多くはないだろう。しかしこの作品は、当時のKISSのリアルな姿を知るうえでも絶対に聴いておくべき1枚だといえる。
まず重視したいのは、この作品が『Alive!』シリーズのように複数の公演での収録音源から選りすぐられながら構成されたものでもなければ、「ブートレッグよりはまともだけれど……」という程度のクオリティの音源でもないという事実だ。本作には当日のライヴが丸ごと収められているが、かの名匠エディ・クレイマーが正式にライヴ録音を担当し、彼自身の手による新たなミックスを経て今回のリリースに至っているのだ。
ジミ・ヘンドリックスやレッド・ツェッペリンとの仕事歴でも知られるエディが、KISSの本質的な部分の理解者であること、ライヴ・バンドとしての彼らについて熟知していることは、彼が『Alive!』や『AliveⅡ』のプロデューサーだった事実からも明らかだ。
また、1976年発表のオリジナル第4作『Destroyer』は、それ以前のKISS作品を遥かに超越したスペクタクルなものとして高い評価と支持を集めることになったが、ボブ・エズリンによるオーヴァー・プロデュース気味な作風は、KISSらしからぬものとして一部からは批判も浴びていた。同作に続いた『Rock And Roll Over』(1976年)と『Love Gun』(1977年)においてエディがプロデューサーに起用されていたのは、まさに彼らが自身の本質により忠実な状態に立ち返りながら作品グレード向上を目指そうとしていたことを示唆しているように思われる。
当時の歴史背景
本作に収録されているKISS史上初のスタジアム公演は、そのアートワークからもわかるように『Destroyer』のリリースに伴うツアーの一環として行われたものだ。同作が全米で発売されたのはその年の3月15日のことで、『Destroyer Tour』はその約4週間後、4月11日にインディアナ州フォートウェイン公演を皮切りにスタートしている。とはいえアルバム発売前週の3月8日まではひとつ前の『Alive! Tour』が続いていただけに、『Destroyer Tour』の開幕と同時にライヴの内容がきっぱりと一新されていたわけではない。
たとえば『Destroyer』からの先行シングルとなった「Shout It Out Loud」は、その年の2月の時点で演奏プログラムに組み込まれ始めていたが、のちにKISSのライヴにおいてオープニングの定番となる「Detroit Rock City」が実際に1曲目に演奏されるようになったのは、同年6月30日、『Destroyer Tour』の第2節が始まってからのことだった(それ以前はアンコールの1曲目に配置されていた)。
そうした選曲面についていえば、この『Destroys Anaheim ’76』において何よりも特徴的なのは、ピーター・クリスが歌うピアノ・バラード、「Beth」がセレクトされていないという点だろう。実際、当時のライヴではこの曲がまだ披露されていなかったのだ。先述のように『Destroyer』からはまず「Shout It Out Loud」が第1弾シングルとして登場している(全米31位)。ただ、その後シングルカットされた「Flaming Youth」と「Detroit Rock City」は全米チャートでさほど目立った動きをみせることもなく、前者は最高74位にとどまり、後者はトップ100圏内に顔を出すこともないままだった。
ところが、そもそもは「Detroit Rock City」のB面にカップリング収録されていた「Beth」がラジオで持て囃されるようになり、結果、このシングルはAB面を入れ替えた形で再リリースされることになる。それがまさに、このアナハイム公演が行なわれた1976年8月のことだった。
ただ、この公演の時点ではまだ「Beth」が全国区のヒット曲にはなっていなかったのだろう。実際、同楽曲がセットリスト入りしたのはその年の10月になってからのことだった。ちなみにこの曲は全米7位を記録しているが、これは今日においてもKISSのシングル・チャートでの最高実績となっている。余談ながら、それに次ぐ好記録となっているのが『Hot In The Shade』(1989年)からシングルカットされたパワー・バラード、「Forever」で、こちらは最高8位を記録している。また、世界的な大ヒットとなった「I Was Made For Lovin’ You」(1979年)はカナダやベルギー、オランダ、ニュージーランドなどでは1位に輝いているが、全米チャートにおいては最高11位に甘んじている。
4人の若々しいパフォーマンス
話が横道に逸れたが、何が言いたいかといえば、1976年8月の時点においてKISSは初のスタジアム公演を実現させてはいたが、『Destroyer』のスケール感を完全網羅したショウを実践することは、まだできていなかったということだ。実際、「God Of Thunder」ではジーンの血を吐くパフォーマンスが行なわれているし、今作の最後のほうには打ち上げ花火の音も収められている。
また、当時の写真や映像を見てみると、ステージセットも2階建て仕様の大掛かりなものになっていて、オープニング場面ではフロントの3人が階段を下りてくる。実は50年前のこの日、その場面でジーンが盛大にコケたという逸話もある。ただ、彼らのライヴにおける演出が他のロック・バンドを寄せ付けぬほど盛大なものになっていったのは、もう少し時間が経ってからのことだったのだ。
しかし本作では何よりも、4人の若々しいパフォーマンスを味わうことができる。もちろん映像作品ではないから音だけで判断するしかないのだが、どの曲もスタジオ・ヴァージョンよりも体感スピードが速めで、ポールとジーンの歌声の響きにも軽やかさがあり、全員が前傾姿勢で攻めてくるかのような勢いが感じられる。当時は最年長のピーター・クリスでも30歳、最年少のポールはまだ24歳という若さだ。エース・フレーリーのギター・ソロがヨレる箇所があったりするのも事実だが、それさえもこの音源が無修正であることの証しだといえるし、随所に微調整が加えられて聴きやすくまとめられたライヴ作品にはない魅力が本作にはある。いわば、プロフェッショナルに録られたライヴ音源が未調整のままパッケージされたかのような説得力があるのだ。
そしてKISSの日本初上陸が実現したのは、このアナハイム公演から7ヵ月ほどを経た1977年春のことであり、さらにその1年後には二度目の来日公演が行なわれている。また、実は当時のジャパン・ツアーにはエディ・クレイマーが同行しており、ごく最近のインタビューで、彼は日本武道館公演の模様をライヴ録音していることを認め「誰かがマスター音源をみつけてくれさえすれば、新たにミックスし直して世に出すことも可能かもしれない。ただ、その所在が自分にはわからない」と発言している。いつの日か、その音源が発掘されることを願うばかりだ。
Written By 増田勇一
KISS『KISS Destroys Anaheim ’76』
2026年8月21日発売
CD / LP
- KISS アーティストページ
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