オリヴィア・ロドリゴのデビューアルバム『SOUR』全曲解説:今年最大ヒット作の普遍的歌詞世界

Published on

2021年5月21日に発売されたデビュー・アルバム『SOUR』が、2021年最大の初週売り上げで全米1位を記録、全英チャートでもアルバムとシングル同時1位の最年少記録を更新するなど、18歳にして全世界で大成功を記録しているオリヴィア・ロドリゴ(Olivia Rodrigo)。

今年最も話題の1枚となったこのアルバムの全曲解説を、様々なメディアに寄稿される辰巳JUNKさんに寄稿いただきました。

<関連記事>
オリヴィア・ロドリゴがいきなり記録的ヒットになった理由
オリヴィア・ロドリゴ、全英アルバム・シングルチャートで過去最年少ダブル1位に
オリヴィア・ロドリゴが18歳の誕生日に紹介、彼女が影響を受けた18曲とは


 

YOASOBI「夜に駆ける」ミュージック・ビデオを手がけたアーティスト、藍にいなによるオリヴィア・ロドリゴ「drivers license」日本版アニメーションが6月8日に公開される。実は、この2曲はよく似ている。どちらも若者のあいだで話題を巻き起こし、またたくまに国民的ヒットとなった異例のデビュー曲。ハッピーとは言えない恋愛をテーマに想像を掻き立てるストーリーテリングも共通するところだろう。運転免許証を取得した主人公が車に乗って始まる「drivers license」が描く複雑な恋愛模様については前回の記事で紹介したわけだが、空前絶後の旋風を巻き起こす2003年生まれの18歳は、デビューアルバム『SOUR』において、一体どんなストーリーを紡いだのだろうか。

「メディアがZ世代の文化変革に夢中になっているよそで、オリヴィア・ロドリゴは、頼もしいまでに伝統的だ」。このThe Guardianの弁は、オリヴィアが王道ソングメイカーであることに対する賛辞だが『SOUR』の文化的受容と反響をもカバーしている。「ひどい、不快な」といった名前を授かったこのアルバムで描かれるのは、他人との比較で生まれる自己嫌悪、世界の終わりのようにのしかかる失恋といった閉塞感に支配される「ティーンエイジャーの激情」である。この怒りと嫉妬にまみれたコンセプトが、幅広い年代にセンセーションを巻き起こした。多くのティーンから共感を呼び起こしたと同時に、成人リスナーにとっては、再生さえすれば「思春期」だった頃に舞い戻りそのエモーションを追体験できるタイムマシンのようなアルバムになっているのだ。刹那的な若さが注ぎ込まれたからこそトラディッショナルで普遍的なパワーを携えた『SOUR』の11曲を聴いていこう。

 

1. brutal

「17歳なんてもうウンザリ 私のファッキン・ティーンエイジ・ドリームはどこにいってしまったの?」

オリヴィアの「これを滅茶苦茶にしたい」発言によって美麗ストリングスが凶暴ギターに様変わりする開幕から勝ったも同然な1990年代風オルタナティブチューン。「かわいらしいディズニーアイドル」イメージを破壊し尽くすステートメントだが、この時点でアルバムテーマ「ティーンの激情」がパーフェクトに叫ばれている。

「誰にも求められていない気がする 自分の受け止められ方が嫌」。本当の友達は2人しかいない、とも漏らす。それだけ苦しいのだから、大人たちからの青春礼賛など響くはずがない。

「もし誰かにもう一度 “若さを楽しめ” なんて言われたら きっと泣いてしまう」「今が人生の黄金時代らしいけどいっそ消えてしまいたい 自尊心が押しつぶされるって辛すぎる」

ちなみに『SOUR』は「怒れる女性ロック」人気を決定づけたアラニス・モリセットの名盤『Jagged Little Pill』が志向されているそうだが、この強烈な序曲を聴きさえすれば、納得するしかない。

 

2. traitor

「浮気はしてなかったと思うけど それでもやっぱり それでもやっぱりあなたは裏切り者」

聞き惚れてしまうやさしきバラードだが、歌詞は差し迫った怨念そのもの。「drivers license」記事でたっぷり紹介した痛ましき初恋の崩壊、破局後すぐにガールフレンドを作った元カレをとりまく泥沼三角関係のあらすじとして機能している。現在18歳のオリヴィアは「思春期」の恋愛をこのように語る。

「16、17歳のころの失恋は面白いですよね。まだ人生はつづいていくしほかの出会いもある、って視点が無いんです。その恋が、人生で唯一の幸せだと思いこんでる」

3. drivers license

「永遠だと行ったのに 今はあなたの家の前を 一人で走り過ぎるだけ」

Spotifyの最大週間再生数を塗り替えたモンスターヒットであり、ロードの「Green Light」を想起させるインディポップ調パワーバラード。オリヴィアは、人生で初めて共感できた歌詞を書いてくれたアーティストであるロードのリリシズムを以下のように語る。

「郊外へのドライブや学校、友達グループのドラマを語った彼女は、私たちが経験するような普通の経験を本当に美しく芸術的なものに昇華していると思いました」

ロードが一般的経験を美しき芸術にしたならば、オリヴィアは絶望から見出した美をアンセミックに拡張するアーティストと言えるだろう。激情作家として天下をとった彼女だが、己の心傷をも深掘りしていくソングライターとしての冷静さも持ち合わせている。

「初恋の喪失は、地球の終わりみたいな衝撃で、絶対的な悲痛をもたらすのですが、本当に美しいことでもあるので」

こう言える作家だからこそ「drivers license」はこんなにも美しいのだろう。

 

4. 1 step forward, 3 steps back

「いつも一歩進んでは三歩下がってる 最愛の恋人でいられるのは あなたを怒らせてしまうまでの話」

なんと、ここで主人公は散々傷つけられた彼女持ちの元彼氏に電話をかけてしまう! 通話中、急に怒りを買ってしまったことで、さらに悶々とした状態になってしまう。

「私のこと愛してる? 求めてる? 嫌いなの? 分からないよ」

……聴いているだけで同情してしまうが、オリヴィアとしては、罪悪感を抱かせてくる身勝手な相手こそ悪いのだ!とのこと。敬愛するテイラー・スウィフトによる「New Year’s Day」をサンプリングした一曲だが、メッセージもまたテイラー・スピリットである。

 

5. deja vu

「彼女は知らないよね あなたにビリー・ジョエルを教えたのは私だってこと 今は違う女の子が相手 だけど目新しいことは何もない デジャヴを感じるでしょ」

どうせ彼女とも『glee/グリー』の再放送を観てるんでしょ……私からパクったジョークを披露してるんでしょ……等々、具体的すぎるエピソードを並べ、自分とのデートを使いまわしているのであろう元彼氏を糾弾するヒット曲。

一方、人気ドラマ『キリング・イヴ/Killing Eve』が参照された夢心地サイケデリック・ホラーなミュージックビデオでは、女子同士が服装や行動を真似しあうループ、そして「真似された?」と疑念を抱く瞬間が描かれていく。異性間恋愛のみならず、同性間の「サワー」な関係まで内包する『SOUR』の奥深さが味わえる逸品だ。

 

6. good 4 u

「すごくうまくやってるよね 私がいなくても ねえベイビー まるでソシオパスみたい!」

「drivers license」が打ち立てたSpotify史上最高の週間再生数レコード(8,076万回再生)を塗り替えてしまったモンスターヒット第二弾であり、おそらく2020年代ポピュラー音楽シーンにおける重要作。パラモア「Misery Business」とも比較される本作が歴史的ヒットを達成したことは、2010年代よりホールジーらが牽引してきた2000年代ポップパンク・リバイバル・ムーブメントの達成点でもあるためだ。

ちなみに、オリヴィア当人は「You should be sad」以来「あなたと子どもを作らなくてよかった」とまで歌ってみせるホールジーの過激かつ率直なリリシズムに大ハマリしたそうで、元恋人をソシオパス呼ばわりする本作でもその影響が感じられる。

 

7. enough for you

怒りを爆発させたあとは音も思考もおだやかになり、変化の兆しを見せはじめる。「enough for you」では、彼の好きな曲を暗記するなど、必死に努力していた思い出を振り返る。ちなみに、オリヴィア一人で書き上げた曲。

 

8. happier

つづく「happier」に入ると「まだ諦めきれないなんて私って自己中だよね」と自戒、もしくは自虐し、元カレの幸せを願う……ものの、「あなたが幸せなら嬉しいよ でも前より幸せにならないで」と歌うあたり、絶妙な心理表現が聴く者の心を揺らしてく。

 

9. jealousy, jealousy

「部屋の向こうまで携帯を放り投げたい気分 嘘みたいに素敵な女の子しかいないから」

最も注目を浴びた楽曲のひとつで、普遍的な「思春期」のエモーションを授ける『SOUR』で最も時事的、つまりZ世代的と言える。俎上に載せられるのは、オリヴィアが「自己破壊の落とし穴」と呼ぶソーシャルメディアの問題だ。

「私のことを知らない人たちのことが気になりすぎる」「向こうが勝ち組だからって私が負けたわけじゃない それは確かに嘘じゃないけど どうしても捉われてしまって どうにもならない 比べてしまってじわじわと死ぬほど苦しくなってる」

他人と比べて嫉妬や自己嫌悪を抱いてしまう問題は、かねてよりティーンエイジャーにのしかかってきたものだが、今日の彼女たちの手には、無数の同年代インフルエンサーが輝きを放ちつづけるInstagramやTikTokがある。フィオナ・アップル風の不安を煽るピアノは、延々スクロールできてしまうSNSフィード、そして主人公を襲う無限の不安のように響いていく。

 

10. favorite crime

「たまらないほど愛してた ひどい仕打ちも受け入れた 自分から進んであなたの恋の共犯者になってた」

10代の世界を揺るがす失恋は、おだやかなバラードによって一旦の終止符が打たれたようだ。問題だらけだった恋愛関係を血まみれの犯罪に例え、主人公も罪を犯したことを認める──ミステリ調のこの曲を、あなたはどう受け止めるだろうか?

11. hope ur ok

「幼い頃 ある男の子の知り合いがいた 亜麻色の金髪に 機知に富んだ瞳」

悲嘆や怒り、閉塞感に苦しめられる「ティーンエイジャーの激情」、言い換えれば究極的にパーソナルなエモーションを描いてきた『SOUR』だが、エンディングだけは違う方向を見据える。

オープニングトラックにて「本当の友達は2人だけ」と漏らした主人公は、もう連絡もとっていない、過酷な家庭環境にのもと生きていた2人の友人のことを思い出していく。そして「どうか元気でいますように」と願う。つまり、一貫して内向きであったこのアルバムは、最後の最後に、他者という外を向いて終わるのだ。これこそ「思春期」を「まだ人生がつづくという視点がない」時期と定義したオリヴィアが用意した楽観的な結末である。

『SOUR』の主人公の苦しみは簡単には終わらないだろうが、自己嫌悪から抜け出せなかったとしても、他者に対しては思いやりを持てるし、ときにはそうすることで前を向くことができる。非常に「思春期」的で、なおかつ普遍的な結末だ。

Written By 辰巳JUNK


オリヴィア・ロドリゴ『SOUR』
2021年5月21日発売
国内盤CD 6月2日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



Share this story

Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了