ホールジー(Halsey)、“わかりにくい存在”であり“既存の型にはまらない”新女王の魅力とは

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Photo: Capitol Records

2020年1月17日に発売されるシンガー・ソング・ライター、ホールジーの3枚目のアルバム『Manic』。このアルバムの発売に合わせて、ホールジーというアーティストについて、そして彼女の音楽性の変遷や、定義しづらいジャンル性について、様々なメディアに寄稿される辰巳JUNKさんに解説いただきました。


2020年、ホールジーが音楽界のトップに立つことを否定する者は少ないだろう。前年アメリカでもっともヒットしたポップ・ソング「Without Me」は、ディケイド末期にリリースされたにもかかわらず「2010年代Billboardで12番目に人気な楽曲」の称号を授かっている。これは、ゲストを持たないソロ名義楽曲にかぎれば、エド・シーラン、アデルに次いで3番目の記録だ。しかしながら、その明白なセールスにかかわらず「わかりにくい存在」こそホールジーだろう。その立ち位置の曖昧さは現地の音楽メディアも認めるところで、Rolling Stoneは「ビヨンセやアリアナ・グランデよりも癖が強く、ラナ・デル・レイやロードよりも粗い、板挟みのポジションにあるロック・センスを携えたポップスター」と表現している。3rdアルバム『Manic』の完成を祝して、既存の「型」にはまらない新女王の魅力をいまいちど探ってみたい。

 

「ジャンル・フルイド」世代の象徴と多彩な客演

私たちはニュー・アメリカーナ / 合法のマリファナでハイになって
ノトーリアス・B.I.G.とニルヴァーナを聴いて育った
(「New Americana」より)

ディストピア・ファンタジーな世界観を誇る初期作「New Americana」のコーラスは、ホールジーの音楽性を読み解くにおいて頻繁に引用される一説だ。ヒップホップ・ヘッズの父親とロックを愛する母親のもと多様な音楽に触れて育ったことを示す自己紹介的ラインだが、同時に、ジャンルの垣根をこえて音楽に親しむ新世代アーティスト宣言とも受け取れる。彼女が「わかりにくい存在」とされる一因もここにあるだろう。ザ・ウィークエンドと並ぶ「ジャンル・フルイド」(*ジャンルが流動的)世代の象徴であるホールジーは、エレクトロ・ポップの名手として知られながらも、ヒップホップからロックまで、数多のジャンル・サウンドに挑戦するシンガー・ソング・ライターなのだ。

さまざまなジャンル・サウンドに挑戦するミュージシャンゆえに、客演も幅広い。代表作はチェインスモーカーズ「Closer」やジャスティン・ビーバー「The Feeling」だが、2019年だけでも、トラップ・ラップ・アーティストのポスト・マローン「Die For Me」、そしてオルナティブ・ロック・バンドであるブリング・ミー・ザ・ホライズン「¿」への参加を果たしている。

その中でも、日本を含むアジアで話題を呼んだ作品は、K-POPボーイ・グループBTSとのコラボレーション「Boy With Luv」だろう。韓国とアメリカ、東洋と西洋の若手トップスターの共演は、「境界を越える新時代」のシンボルとして驚きをもって迎えられた。一方、双方のファンだった人々からすれば、自然な組み合わせかもしれない。コラボ曲こそ明るいものの、どちらもシネマティックな映像世界をかたちづくりながらメンタル・イルネスなどのデリケートな問題を表現して若者の共感を集めたミレニアル世代アーティストだ。その勇敢な作家性を考えれば、両者が表現者としてリスペクトを結ぶことは不思議ではない。もちろん、ソーシャルメディア世代として、お互いにファンダムとの絆も固い。かつて、脚光を浴びながらもバイセクシュアリティであることや双極性障害の経験を明かしたことでバッシングにも見舞われていたホールジーは、めまぐるしく変わる環境下、2018年10月にNMEの取材に対してこう言い切っている。「名声やアワードでファンとの関係が変わることは無いと思う。ファンの皆は若いけど、自分自身でものを考えて、音楽と向き合う知性があるから」。若者の期待を担うホールジーやBTSがチャレンジングな表現をつづけられる一因には、ファンとの厚い信頼関係があるのかもしれない。

 

「男の世界」を諦めたときに見つけた場所

ヒップホップやロックを聴いて育ったホールジーだが、ティーンエイジャーのころ傾倒した音楽は、エモーショナルに「怒りの感情」を歌うポップ・パンクだったという。ブランド・ニューやテイキング・バッグ・サンデーのコンサートに通い詰めた経歴を持ち、今でもマイ・ケミカル・ロマンスの再結成ライブに駆けつける彼女は、パンク・ロック・バンドのボーカルも志したこともあったという。

しかしながら、その現場があまりに「男の世界」だったため、道を諦めた経緯を持つ。そのとき彼女が見つけた「女性アーティストが安全を感じながら受け入れられるフィールド」こそ、ラナ・デル・レイやフローレンス・ウェルチ(フローレンス・アンド・ザ・マシーンのボーカル)が活躍するポップ・ミュージックだっというわけだ。このエピソードは、パンク・シーンからすれば、ホールジーほどの才能を逃してしまった損失にうつるかもしれない。しかしながら、2019年、トップに立ったホールジーは、満を期して原点回帰した。女性として「怒りの感情」を叫ぶ「Nightmare」は、鮮烈なフェミニズム・ポップ・パンクだ。

“かわい子ちゃん 笑ってよ”
頑固お断り 笑顔を見せる理由なんて無い
(「Nightmare」より)

「Nightmare」のリリックは、レッド・カーペットで執拗に笑顔を求められる有名人としての体験がベースになっている。しかしながら、製作過程で彼女が気づいたことは、有名になる前の段階から同様の性差別を受けてきた事実だった。つまり、知名度に関係なく、女性たちは「女らしさ」の名のもと、意見の主張を防がれ「無害な笑顔」を強いられている……この気づきが真実であったことは、本曲が受けた喝采が表しているだろう。「Nightmare」は、世界中の抑圧される人々を共振させるパワー・アンセムとなった。

サウンド的にはルーツ回帰と受け止められた「Nightmare」だが、新たな道筋も開く楽曲でもあった。本作がエンパワメント・ソングとなったことで、自身が得意とする「シネマティックな怒り表現」をより求められることになったホールジーは、その「型」からの逸脱をはかったのである。彼女には怒気以外の甘い感情を表現したい気持ちもあったし、短い時間では本意が伝わらない考えもあった。そうして製作された作品こそ、代名詞とされてきたディストピアSF要素を削った、長尺でパーソナルな「会話的」3rdアルバム『Manic』である。

革新をつづけるポップの新女王の最新作『Manic』

「『Manic』は、ディストピア・ファンタジーっていうより、
今ちょうど私が思っていることについてのアルバム」

怒りや弱さ、恋慕など、多様な感情が織りなされる『Manic』において、ホールジーの作家性は、よりオーセンティシティーを増してきている。開幕曲のタイトルは本名の「Ashley」。そのモノグラムである芸名“Halsey”が「物語の主人公」的ペルソナであると語られた経緯を踏まえれば、このタイトルがなにを表すかは明白だろう。すでにヒットを記録している先行シングル「Graveyard」は、彼女の言葉を借りれば、オーガニックで「人間的」な楽曲だ。シャナイア・トゥエインなど2000年代女性スターをトリビュートするカントリー・ポップ「you should me sad」や、キャリア初の純粋なラブソング「Finally // beautiful stranger」など、サウンドや表現の幅も大きな拡張を見せている。また、盟友となったBTSのSUGA、そして「Nightmare」インスパイア源となった伝説的オルナティブ・シンガー・ソングライターのアラニス・モリセットもそれぞれインタールードに参加。本人が描いたカバーアートどおり、アルバム『Manic』は、色彩ゆたかで、簡単に咀嚼できない作品になっていることだろう。「型」にはまらず革新をつづけるポップの新女王、ホールジーは、以前にも増して「わかりにくい存在」になったかもしれない。それこそが彼女の魅力だということは、『Manic』を聴けばすぐに理解できるだろう。

 

Written by 辰巳JUNK



3rdアルバム『Manic』
2020年1月17日発売
CD / iTunes / Apple Music / Spotify

【来日公演決定】
2020年5月7日(木) OPEN 18:00/ START 19:00
会場:東京ガーデンシアター(5月に有明に新設される会場です)
来日公演公式サイト
【3月30日:Update / 来日公演がキャンセルとなりました】




 

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