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極めてジャズ的なドラマ『ジ・エディ』:様々な背景を持った人間による意外な化学反応
ジャズをテーマにして大ヒットを記録した映画『セッション』と『ラ・ラ・ランド』で監督を務めたデイミアン・チャゼル。彼が製作総指揮/2話分のエピソード監督を担当した全8話のNETFLIXオリジナルシリーズ『ジ・エディ』が2020年5月8日に公開となりました。
パリのジャズクラブが舞台となったこの作品について、映画、音楽、文学など幅広い分野で活躍する長谷川町蔵さんに解説頂きました。
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ジャズクラブ「ジ・エディ」を経営するミュージシャンのエリオットは、自らがオーガナイズするバンドのレコード契約を目論んでいた。その夢が実現に近づきつつあったある日、クラブの共同経営者ファリードが何者かに殺されてしまう。ビジネス面を仕切っていた彼は運営資金を捻出するためにアンダーグラウンド・ビジネスに手を出していたのだ。
ほどなくしてエリオットの前に現れた男は、クラブ潰しと娘のジュリーの身の危険を仄めかしながら脅迫をはじめる。しかも警察からはファリード殺しへの関与を疑われてしまう。八方塞がりのエリオットはこの状況から脱け出すことができるのだろうか……。
デイミアン・チャゼルが製作総指揮を手掛けたNetflixのドラマシリーズ『ジ・エディ』は、彼にとって『Guy and Madeline on a Park Bench』(2009)、『セッション』(2014)、『ラ・ラ・ランド』(2016)に続くジャズを題材としたドラマとなった。
過去三作で舞台となったボストン、ニューヨーク、ロサンゼルスに続いて舞台に選ばれたのはフランスの首都パリ。「シャンソンの国でジャズ?」と思う人もいるかもしれないけど、かの地ではデキシーランド・ジャズ時代の昔からジャズが大人気。ジャンゴ・ラインハルトやマーシャル・ソラール、ミシェル・ルグランといったレジェンドを輩出しているほか、アメリカから訪れたミュージシャンを熱狂的に歓迎。MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)の初代ドラマー、ケニー・クラークやデクスター・ゴードン、バド・パウエルなどパリを拠点に活動するようになったミュージシャンも少なくない。
特にジャズがモードやフリーといった前衛的スタイルに傾斜していった1950年代後半から60年代にかけては、それ以前のスタイルであるハードバップ系のミュージシャンが大量移住。パリはニューヨークに次ぐジャズの都となったのだ。
ミシェル・ルグランが音楽を手掛けた『シェルブールの雨傘』『ロシュフォールの恋人たち』からの多大なる影響と、ハードバップ以前のジャズへの偏愛を感じさせた『ラ・ラ・ランド』を創ったチャゼルにとって、この街以上の舞台はないはず。事実、彼自身が監督した最初の2話は、フィルム撮影と手持ちカメラを駆使したざらついた映像美を楽しめる。
とはいえ、『ジ・エディ』は決して懐古趣味の産物ではない。というのも、現在のパリにおけるジャズは、フランスの旧植民地諸国を中心とした世界中の国々からやってきたミュージシャンたちを結びつける<ワールド・ミュージック>として機能しているからだ。
そんな現実は、『ジ・エディ』にも反映されている。主人公のエリオットはアフリカ系アメリカ人だが、ファリードはアルジェリア系。バンドのメンバーはそれぞれ北欧や東欧、カリブといった異なるルーツを持っている。ドラマは、エリオットを中心に据えながらも、あたかもジャズのソロ回しのようにエピソードごとに別のキャラクターをフィーチャー。登場人物を通じてコスモポリタンの街パリそのものが浮かび上がる仕掛けになっている。
特に『憎しみ』(1995)や『レ・ミゼラブル』(2019)といった映画でも描かれた<バンリュー>と呼ばれるイスラム系移民が多く住む郊外の集合住宅街の描写は、観光名所としてのパリしか知らない人に衝撃を与えるはずだ。3話以降は現地フランスやモロッコ出身の監督がメガホンを取る回もあるため描写の陰影もぐっと深まっていく。
これまでのチャゼル作品にないクライム・ドラマ的要素は、本作のクリエイターとしてクレジットされている英国出身の脚本家ジャック・ソーン(『ダーク・マテリアルズ/黄金の羅針盤』[2019〜]など)が持ち込んだものだろう。他人からのアドバイスには決して耳を貸さない主人公のキャラ造形はいつものチャゼル作品同様なのだが、その性格ゆえに状況がどんどん悪化していくプロットが添えられることで、物語にスリリングさが増している。
俳優たちについても触れておこう。主人公エリオットを演じるのはアンドレ・ホランド。スティーヴン・ソダーバーグの医療ドラマ『The Knick/ザ・ニック』(2014〜15)や、実在の公民権運動家アンドリュー・ヤングに扮した『セルマ』(2014)で注目された俳優だが、何と言っても印象深いのは主人公の想い人ケヴィンを演じた『ムーンライト』(2016)。端正なルックスもあって、これまで誠実なキャラを演じることが多かったが、今作では天才肌のミュージシャンになりきっている。
そんなエリオットの娘ジュリーを演じているのが、1998年生まれのアマンダ・スタインバーグだ。ベストセラーYA小説の映画化作『ハンガーゲーム』(2012)で人気キャラ、ルーを演じてブレイクした彼女は、やはりYA小説を原作に持つ『ヘイト・ユー・ギブ』(2018)で主演に抜擢された若き実力派。父と住むためにニューヨークからパリへとやってくる彼女は、視聴者を代弁するキャラクターといえる。
エリオットの恋人でありバンドのシンガー、マヤに扮しているのは、『COLD WAR あの歌、2つの心』(2018)でもシンガーを演じていたヨアンナ・クーリク。音楽学校でヴォーカルとピアノを学んだ経歴を持つ彼女は歌姫役にぴったりだ。
そのクーリクが劇中で歌うオリジナル・ナンバー(劇中ではエリオットが作詞作曲した設定)は、『ラ・ラ・ランド』のサウンドトラックでアレンジャーを務めたセッション・キーボーディストのランディ・カーバーと、マイケル・ジャクソン「Man in the Mirror」やアラニス・モリセット「Ironic」といった数々のヒット曲の作者として知られるグレン・バラードのコンビが手掛けている。
カーバーはバンドのピアニスト役として出演もしており、ウィットに富んだ演技はなかなかのものだ。しかし彼以上にベーシスト、ジュード役のダミアン・ヌエヴァ・コルテスとドラマー、カタリーナ役のラダ・オブラドヴィックの演技に驚かされる。最初に見たとき、てっきり俳優が演奏の当て振りしているのだとばかり思ったのだが、それぞれキューバとクロアチア生まれの彼らは実際にパリのジャズ・シーンで活躍する腕利きミュージシャンなのだ。(*編注:下記映像はロックダウン中4月30日の国際ジャズデイに公開された、出演者のミュージシャンが演奏した様子)
これまで演技経験が皆無だった彼らからまさかの名演を引きだしたのは、チャゼルら演出チームが行った<ある仕掛け>のなせる技だろう。その仕掛けとはアドリブ。なんでもスタインバーグによると、自然発生的なノリを活かすためにセリフの60%は俳優たちがその場で作ったというのだ。
様々なバックボーンを持った人間がぶつかり合うことによって意外な化学反応を生み出す。音楽だけではなく作られ方そのものにおいて、『ジ・エディ』は極めてジャズ的なドラマと言えるのかもしれない。
Written by 長谷川町蔵
Netflixオリジナルシリーズ『ジ・エディ』独占配信中
Original Soundtrack
『The Eddy (From The Netflix Original Series)』
2020年5月8日配信
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