1995年のヒップホップとR&B:チャート1位のアルバムと時代の空気
ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第55回。
今回は、今年30周年を迎える1995年のヒップホップとR&Bのアルバムを中心に紹介。
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30年前にあたる1995年。我々が愛するこのジャンルは「ソウル」から「ブラック」を経て再び「R&B」と呼称されるようになっていた。よって『ビルボード』誌でのチャート名は、アルバムがTop R&B Albums、シングルの方はHot R&B Singlesだ。どちらもヒップホップを含むのだが。
アルバムの方は1年52週間で1位獲得作品が20枚、それに対してシングル・チャートの首位獲得はわずか13曲。後者の数字に関しては、「その時点で売れている曲をとにかくリピートでエアプレイしまくる」というラジオの傾向が強く反映されているような気がする。
そんなわけで、ここではTop R&B Albumsで首位となったアルバム20作の中から9作+αを選んで、1995年のムードを読み解いていこう。
1. メアリー・J. ブライジ『My Life』
※ 1月14日〜2月4日、2月25日〜3月4日、3月25日に1位
90年代半ばはショーン・コムズの時代でもある。ただし当時の彼はディディでもP・ディディでもなく、もちろんスワッグやブラザー・ラヴでもなく、パフ・ダディですらなく、単なるパフィだった。
さらに言うと、ストレートなサンプリングを大胆に使ったトラック上で自らラップする出たがり社長のイメージもまだない。「業界でヒップホップ・マナーを最も理解しているエグゼクティヴ」「信頼できるプロデューサー」と評価されていたのだ。ああ、これが毀誉褒貶というものか……。
これは、そのコムズがアップタウン・レコーズ勤務時代に関わった『What’s the 411?』でデビューしたメアリー・Jのセカンド。この時点でコムズは自身のバッド・ボーイ社を設立済みだが、本作にも大いに関わっている。
前作と決定的に違うのは、メアリー自身がほとんどの曲でソングライトに関与していること。のちにコムズは「人々が聴きたいのはメアリー・Jの苦しみ」という主旨の残酷な発言を残すが、確かにアルコールやドラッグへの依存とトクシックな恋愛に苦悩していた彼女が書いた曲の多くは、とても痛い。「Be Happy」「You Bring Me Joy」「I Love You」と題された曲ですらも。
プロデューサー・クレジットの大半はチャッキー・トンプソンとショーン・コムズにあてられているが、当然ながらコムズは何もしないので、実作業はチャッキー担当。Prince Charles and the City Beat Bandのプリンス・チャールズことチャールズ・アレクサンダーさんの奮闘にも注目したい。
2. トゥー・ショート『Cocktails』
※ 2月11日〜2月18日に1位
この90年代半ば、「西高東低」という言葉が幾度となく聞かれた。1991年にN.W.Aのセカンド・アルバムにして最終作である『Efil4zaggin』が全米(Billboard Top LPsチャートで)初登場2位を成し遂げて以来の傾向だった「セールスに関して西海岸のヒップホップが東を凌駕している」状態に言及するものだ。
当時の米音楽界でひと際目立っていたのは、なんといってもデス・ロウ勢を中心とする南カリフォルニア・ロサンゼルスあたりのギャングスタ・ラップ。しかし、それとはまた違う土壌が北カリフォルニア・サンフランシスコ湾岸のヒップホップにはある。トゥー・ショートの場合はピンプの立場から語るストーリーテリングというサブジャンルに特化しており、それがオークランドをオークランドたらしめているとも言えるのではないか。
彼にとっては既に9枚目のアルバムである本作のタイトルは『Cocktails』、先行シングルは「Cocktales」。つまり(?)、カクテルに引っ掛けた性豪譚というわけだ……。
3. DJ・クイック『Safe + Sound』
※ 3月11日〜3月18日に1位
名前はDJだが、実態はプロデューサー兼ラッパー兼キーボード奏者では……。
むしろDJ業がメインに見えるパンジャビ・MCの逆を行くDJ・クイックは、マスタークラスのミュージシャンシップと軽量級の声によるラップを併せ持つ稀有なアーティスト。
そのキャリアは良作・好作・佳作に彩られているが、中でも「問答無用の傑作」と言えるのが本作ではないか。MC・エイトとのビーフにおける「王手」的な一発「Dollaz + Sense」もいいが、彼の匠ぶりが最も伝わってくるのはタイトル曲「Safe + Sound」だろう。
4. トゥパック『Me Against the World』
※ 4月1日〜4月22日に1位
「アーティストが収監中に全米(Billboard Top LPsチャートで)No.1となった初のアルバム」と形容される本作は、2パックにとって3枚目のソロ・アルバム。インパクトでは生前最後にリリースされた次作『All Eyez on Me』に劣るものの、本作を「2パックの生涯で最良の作品」と評す人も多い。
パック自身は、より深く内省的なリリックでもってヒップホップというアートへのリスペクトを表現せんとしたと聞く。収録曲の中でも光っているのは、やはり「Dear Mama」。同曲のシングルは300万枚のヒットを記録することになる。
5. ルーニーズ『Operation Stackola』
※ 7月22日〜7月29日に1位
ジョーダン・ピール監督の映画『アス』の前半、行楽地へと向かう自動車の中。カーラジオから流れる「I Got 5 on It」を耳にした息子が「これ、ドラッグの歌だよね?」。すると父が答えて曰く「ちがうっ、ドープ・ソングだ!」。
このお父さんのセリフは、「リリックのテーマはマリファナだ(彼ら自身の定義ではドラッグではない)」と「めっちゃエエ曲やんけ」のダブルミーニングなのだろうが、とにかく「I Got 5 on It」である。そこで描かれるのは、1袋のブツを買うのに必要な10ドルが捻出できず「5ドルずつ出しあえへん?」と相談する二人。リアルといえばリアル、情けないといえば情けない、そんな金欠ソングが、これほどまでに我々の心を打つとは。
その同曲をリード・シングルとした本作は、トゥー・ショートと同じくオークランドから登場したヤックマウスとナムスカルの軽妙なデュオ、「ルーニーズ」のデビュー・アルバムである。件の「I Got 5 on It」が起爆剤となって、それを収録した本アルバムも大ヒットした。
ナムスカルの遅刻癖(ひどかったらしい)が災いしたか、90年代末からヤックマウスはソロに力を入れるようになるが、このデビュー作での二人が放っていた軽佻浮薄にして飄々とした剽軽さは何とも忘れ難い。
6. ジョデシィ『The Show, the After Party, the Hotel』
※:8月5日に1位
「ステージを終えたジョデシィはアフターパーティーへと雪崩れ込み、それに続く狂乱の一夜を過ごす」というコンセプト・アルバムだ。本作のサウンドスケープは、前作までと比較してかなりアヴァンギャルド。3曲でしかクレジットされていないが、徒弟時代のティンバランドの貢献はもっと大きいのではないか……と思うものの、もちろん想像の域を出ない。
なんにせよ白眉は、そのティンバランドがソングライトに参加した「Bring on Da’ Funk」と、ミッシー・エリオットが関わった「S-More」だろうか。
異常な完成度で迫りくる本作をもってジョデシィの快進撃は終わり、次作まで20年の時間を要することになる。
7. ボーン・サグズン・ハーモニー『E. 1999 Eternal』
※ 8月12日〜8月26日に1位
ボンボンボボーン、ボーンボンボーンボンボーン。イージー・Eのレガシーにして中西部ヒップホップの超絶特異点であるボーン・サグズン・ハーモニーにとっては、初のフル・アルバムということになろうか。8曲入りで30分弱しかない前作『Creepin on ah Come Up』の扱いが微妙なところなのだ……この2020年代なら、同作品とてEPではなくアルバムと見られるのだろうが。
そんな前作からも「Thuggish Ruggish Bone」と「Foe tha Love of $」がヒットしたが、本作からはまず、月に一度のフードスタンプ支給日を祝う「1st of tha Month」がゴールドディスク獲得。そして、亡き友人たちを悼む「Tha Crossroads」は全米(Billboard Hot 100)首位を獲得した。
ただし、同曲のオリジナル・バージョンは定冠詞がつかない「Crossroads」。超ヒットした「Tha Crossroads」は「リミックス」名義ではあるものの、原型を留めない改作になっている。あまりに複雑につき、そのあたりの事情は割愛……。
8. ザ・ドッグ・パウンド『Dogg Food』
※ 11月18日〜11月25日に1位
ドクター・ドレーの『The Chronic』、スヌープ・ドギー・ドッグの『Doggystyle』に続き、正調Gファンク時代のデス・ロウが世に問うたトリロジーの最終作。前2作同様に、ネイト・ドッグやレイディ・オブ・レイジといった当時のデス・ロウ・クルーがくんずほぐれつ入り乱れる賑やかな作りとなっている。
初登場1位という初動の素晴らしさはファースト・シングルたる「New York, New York」の(悪)名高さによるところが大きい。が、ダズは不参加でラップはクラプト(Kurupt)のみ、準メンバー(?)のスヌープがフックを担当した同曲は、かなり特殊な一発と言える。
さらに、スヌープがNYの摩天楼をなぎ倒す例のMVは95年12月に撮影されたものなので、同曲のシングル・リリース(9月)にもアルバム・リリース(10月)にも間に合っていない。逆に、あのMVの公開がシングル発売と同タイミングであれば、アルバムの売れ行きはどうなっていたか……気になるwhat ifである。
9. 映画『ため息つかせて』サウンドトラック
※12月16日〜12月30日に1位
「シュー、シュー、シューと繰り返しているだけの曲でも、見事なR&Bに仕立て上げる」。そんな言い方で「Exhale (Shoop Shoop)」を評して、彼のマエストロぶりを褒め称えたのは誰だったか。とにかく本作は映画『ため息つかせて』のサウンドトラックであると同時に、極上のR&B新曲コンピレーション。
全曲をプロデュースするのはそのマエストロたるベイビーフェイス、歌うのは女性シンガー/グループばかりという仕立てだ。主演陣の一人であるホイットニーはもちろんのこと、TLCやブランディからシャンテ・ムーアやフェイス・エヴァンス、シャカ・カーンにパティ・ラベルにアレサ・フランクリンまで、錚々たる面々が参加している。
なお、90年代半ばは(まだまだ)サウンドトラックの時代でもあり、他にも『フライデイ』『Tales from the Hood』『ザ・ショウ』『ダーク・ストリート/仮面の下の憎しみ』がTop R&B Albumsチャートで1位を獲得している。
ただ、「同時代のヒップホップ中心」「70年代ソウル&ファンクがメイン」と路線の違いこそあれ、多くは既出曲中心のコンピレーションか。その中では、黒人ホラー映画用に鬼気迫るラップ曲ばかりを集めた『Tales from the Hood』がコンセプト勝ちしていたような気が。
追記
今回はアルバム・チャートをよりどころとしたが、シングルのHot R&B Singlesに目を移すと……前年のアリーヤからの少女シンガー・ブームは続いており、モニカの「Don’t Take It Personal (Just One of Dem Days)」もブランディの「Baby」も首位を獲得している。
また、「西高東低」とはいうものの、Hot R&B Singlesチャートでは、ザ・ノトリーアス・BIGの「One More Chance / Stay with Me」やメソッド・マンがメアリー・J・ブライジをフィーチャーした「I’ll Be There for You/You’re All I Need to Get By」も1位になっており、アルバム・チャートだけではつかめない時代のムードというものがあるのも、また事実。
そして、「最後のニュー・ジャック」とも形容されたモンテル・ジョーダンの「This Is How We Do It」の大ヒットも忘れ難い……。
Written By 丸屋九兵衛
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