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キャメオこそがアトランタを音楽都市へと開花させた。1982年の移住とその影響を追う

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ヒップホップやR&Bなどを専門に扱う雑誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』改めウェブサイト『bmr』を経て、現在は音楽・映画・ドラマ評論/編集/トークイベント(最新情報はこちら)など幅広く活躍されている丸屋九兵衛さんの連載コラム「丸屋九兵衛は常に借りを返す」の第30回。

今回は、1974年にニューヨークで結成、1982年にアトランタに移住したことで、このジョージア州南部の街がアメリカを代表する音楽都市となる軌跡を作り上げたグループ、キャメオについて。

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キャメオと新天地アトランタとのケミストリー

あれはたぶん1990年代初頭の号だったのだと思う。

古書店で買った音楽雑誌に載っていたのは、キャメオのリーダー、ラリー・ブラックモンのインタビュー。その中の発言を、わたしは今も忘れない。

曰く、「ニューヨークは世界で最も金がかかる街だ。東京を除けば」。30年後、その東京が“先進国”中で指折りの廉価都市となるとは、誰も予想もできなかったろうね。

なんにせよ肝心なのは、そんなニューヨークに見切りをつけたキャメオと、彼らが向かった新天地との間に生まれたケミストリーである。

新天地、すなわちジョージア州アトランタ市。2020年の調査では黒人人口が46%以上を占める同市は、90年代から「ヒップホップとR&Bの街」として認識され、今では全米を代表するブラック・カルチャー都市の一つとなっている。最近では「ワカンダ」とまで呼ばれているが、20世紀前半はむしろ「カントリー・ミュージックの拠点」だった。では、その間に何が起こったのか?

 

キャメオのキャリア

ここでキャメオ小史を。

1977年にデビューしたキャメオはいわば「遅れてきたファンク・バンド」だった。1970年にデビューし1972年には人気爆発していたウォーよりもちろん遅く、1970年のデビューからしばしの停滞を経て1975年に大化けしたパーラメントと比べても、やはり遅い。

キャメオとほぼ同時期にデビューした大物としてはリック・ジェイムズがいる。そのリックが1978年のファースト・アルバム『Come Get It!』から大成功したのと比較すると、キャメオの方はスロウスターター。本格開花したのは1980年の5作目『Cameosis』において、と言っていいだろう。

この『Cameosis』、確かにいい曲が入っているのは事実だが、やはりどこか遅い。新たなディケイドに突入したというのに、揃いの衣装で決めのポーズをとるジャケットが、なんだか野暮なのだ。せっかくニューヨーク出身なのに。

Shake Your Pants

しかしキャメオが凄かったのは、そこからの変身ぶりである。まずは時代に合わせて制服を廃止したのが同じ1980年の次作『Feel Me』。やはり流行ファッションに身を包みながら円卓の騎士ならぬ「音卓の騎士」を気取った1981年のコンセプト作『Knights of the Sound Table』と続く。

Knights By Nights

そして1982年の『Alligator Woman』で、前作の11人体制から一挙に5人編成まで減量! さらに、ニューヨークからアトランタへ移住! メンバーを減らしたのは、ホーン・セクションの必要性が減少したファンク界の事情を見てのリストラであると同時に「メンバーが2桁もいるとリハーサル場所の確保にも金がかかる」という理由もあったようだ。また、同様のコスト削減観点から決行したのがニューヨーク脱出だった。元々は「ニューヨーク・シティ・プレイヤーズ」というバンド名だったくせに。

件の『Knights of the Sound Table』の頃から「HUGO BOSSやVersaceを着てます」とアルバム内にクレジットし、その後はJean Paul Gaultierを経てFleur Thiemeyerへと至るファッションセンスを発揮することとなるキャメオ。80年代初頭から、ファンク界で例外的なセンスを持つグループとなっていたとも言える。

 

何を歌っていたのか?

それはリリックにおいてもしかり。もちろん、ダンス礼賛曲もラヴソングもあり、時のレーガン政権を糾弾するプロテスト曲もあった。しかし80年代のキャメオの歌詞世界を特徴付けているのは、ゴージャスでラグジュアリーなシティライフ。ルーサー・ヴァンドロスやフレディ・ジャクソンにも通じるが、そこにユーモアとヒネリを効かせたような観点だ。

80年代のある時点から、アメリカはある種の好景気を迎えつつあった。そんな時代を背景したキャメオの曲に登場するのは、若くて稼ぎがいい都市在住エリート層(Yuppie, young urban professionals)。もちろんキャメオの歌の主人公は黒人男性だから、つまりBuppie(Black Yuppie)だ。歌詞の具体的なトピックは、株価の動向、オフィス恋愛、銀行残高の桁数、デートとクレジットカードにまつわるエピソード、などである。

特にクレジットカード曲こと「Fast, Fierce & Funny」は面白い。主人公曰く「信じてくれ、僕はリッチなんだ。不幸なことに今は手持ちがないけど」。現金を持たないにもかかわらず看守を買収しようとして失敗し、彼に向かって富というものの概念をレクチャーすることになった(『ゲーム・オブ・スローンズの』)ティリオン・ラニスターの如し!

Fast, Fierce & Funny

リリックで表現されるこうした黒人像は、当のBuppie(とその予備軍)の皆さんからの熱い支持を集めたと見える。

1984年のアルバム『She’s Strange』からヒットしたタイトル曲「She’s Strange」を例にとろう。ビルボード・ブラックチャートでは年間総合で4位を記録する大ヒット! しかし、メインのHot 100チャートでは最高47位止まりで、一週たりともトップ40にはランクインできていない。1985年の『Single Life』からのヒット「Attack Me With Your Love」に至っては、ブラックチャートで最高3位を記録するも、Hot 100チャートで100位以内に入った記録がないぞ。

すなわち、1986年の『Word Up!』から大ヒット曲「Word Up!」が生まれるまでのキャメオは、白人が知らない「ブラックチャートの巨人」であり、彼らのアルバムはいわば『Maxwell’s Urban Hang Suite』の15年前バージョンだった、ということ。

Cameo – She's Strange (Relaid Audio) (Official Music Video)

 

アトランタとの相性と大成功への道

話が前後するが……音楽史上でも稀な「都市在住エリート黒人の生活がテーマのファンク」を歌うキャメオと、ミドルクラス黒人ネイバーフッドの豊かな歴史があるアトランタとは相性が良かったらしく、彼らはここで大成功への道を歩むこととなった。

引っ越し後の第1作『Alligator Woman』には間に合わなかったが、キャメオ主導の新レーベル、その名もアトランタ・アーティスツが設立される。1983年作『Style』から1990年作『Real Men… Wear Black』まで、彼ら自身のアルバムも同レーベルからのリリースだ。このレーベルからの作品は総数として決して多くなかったが、「ゴッサムことニューヨークから転居してきたキャメオが音楽都市としてのアトランタ aka ワカンダの発展を刺激した」という読み、あながち勇み足でもあるまい。

80年代後半、大ヒット「Word Up!」と赤い股間プロテクターが代名詞となったラリー・ブラックモンにはプロデューサーとしての需要もあり、例えばボビー・ブラウンのソロ・デビュー作『King of Stage』においても目立っていた。

Cameo – Word Up (Relaid Audio) (Official Music Video)

そのブラックモンと入れ替わるように台頭してきた次世代プロデューサー・チームの一つがLA・リード&ベイビーフェイス。このLA・リード(LAと名乗るわりにオハイオ出身)&ベイビーフェイス(インディアナ出身)が1989年に設立したLaFaceレコーズも、やはりアトランタにオフィスを構え、多くの地元アーティストを送り出すこととなる。

そのLaFaceからデビューしたアウトキャストは、地元アトランタのファンク勢と近しい人脈から出てきたラップ・デュオ。だが、そんなアウトキャストのアルバムでサウンドの要を担うこととなったのはキャメオのメンバー/元メンバー/サポート・メンバーたちだ。

もっともアウトキャストのビッグ・ボーイと話してみたら、自分のバックで鍵盤を弾いている中年男性(ケヴィン・ケンドリック)がキャメオのMVによく出てきたサングラス&脱色長髪の派手なお兄さんと同一人物とは気づいていなかったのだが……。

Cameo – Back And Forth (Official Music Video)

 

なお本稿は、先月から町山智浩先輩と始めたオンライン・トークの第1回は【月刊丸屋町山『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』とアトランタ】で部分的に触れた「キャメオとアトランタ」の話題を整理&拡張&文章化したもの。より巨視的なアメリカ史との関わりや、現在のエンタテインメント産業におけるアトランタの地位については、そのトークをご覧いただければと思う。

Written By 丸屋九兵衛



 

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