ケイシー・マスグレイヴス:カントリー界の優雅な反逆児から、魂の深淵を探る語り部へ

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2025年12月2日に豊洲PITで行われる一夜限りの来日公演のためにケイシー・マスグレイヴスが日本へやってくる。

2013年にカントリー界の大型新人としてデビューした彼女は、これまでにグラミー賞を8回受賞。カントリーを基調に幅広いサウンドを取り入れ、現代の南部を生きる若い女性の視点を鮮やかに表現したその作品は、常に高い評価を受けてきた。

特に2018年にリリースした4thアルバム『Golden Hour』は、あらゆる音楽メディアからの絶賛を集め、グラミー最優秀アルバム賞を受賞。現代カントリー・ミュージックのスターとしての地位を確固たるものにしただけでなく、アメリカという国を代表するシンガーソングライターとしても認められることとなった。

そんなケイシーのキャリアを振り返りながら、彼女がその作品で何を描いてきたのか、セメントTHINGさんに解説いただきました。

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ソングライターとして腕を磨いた下積み時代 

1988年8月21日にテキサス州で生まれたケイシー・マスグレイヴスは、わずか人口200人ほどの「ゴールデン」という小さな町で育った。幼い頃から曲作りや楽器の習得に励み、自主製作でアルバムをセルフリリース。歌手の夢を追いかけ続けた。

2007年にはカントリーオーディション番組『ナッシュビル・スター』に出演。ケイシーは7位で脱落したが、この機会を通してカントリー音楽の関係者と知り合い、ナッシュビルでソングライターとしてのキャリアを始めることになった。

ケイシーはそこからいくつものヒットソングを世に出し、また同時に自身のソフトな声質に合った曲調を模索し始める。彼女はこの期間を通して、ミュージシャンとしての腕を磨いていった。

(*親世代の抑圧的な価値観に反発し、別れに対する怒りを表現する女性を描くミランダ・ランバートの大ヒット曲、ケイシーが制作に関わり、ハーモニーも歌っている)

 

デビュー・アルバム『Same Trailer Different Park』の大成功 

2013年、ケイシーは満を持してメジャーデビュー作『Same Trailer Different Park』を発表。シングルカットされた「Merry Go ‘Round」「Follow Your Arrow」はいずれもその年を代表するカントリー・ソングとして称賛され、翌年のグラミー賞では最優秀カントリー・アルバムとカントリー・ソングの2部門を制覇した。

この異例の成功の背景には、下積みで培った職人的なソングライティング力と、歌詞の大胆なテーマ性の融合がある。

「Merry Go ‘Round」はその好例だ。穏やかなメロディを通して描かれるのは、逃げ場のない田舎町からどこにも行けず、メリーゴーランドのように同じ場所にとどまり続ける人々の肖像である。

表面上問題がないように振る舞っていても、伝統的な価値観に縛られることに耐えられず、マルチ商法や麻薬や不倫にはまっていく人々。ケイシーはそこで育った当事者の一人として、そのあり方を肯定も否定もせず、共感をもって歌う。そのような透徹したリアリズムが、この曲に静かな詩情を与えている。

(*日本語字幕あり、字幕設定で日本語を選択)

 

また「Follow Your Arrow」では軽やかなカントリー・ポップに乗せて、「他人の目を気にせず自分のやりたいことをしよう」「あなたがそうしたいなら、同性相手にキスしてもいい」と、セクシュアリティも含めた自己解放を訴える。

主流カントリー界の内側から、南部の息苦しさをざっくばらんに歌いあげ、タブーを破る若い女性。ミレニアル世代のリアルな感覚を表現しつつも、曲自体はあくまでカントリーの様式美を守る。その絶妙なバランスは大きな注目を集めた。ケイシーのデビューは、オルタナ・カントリーアウトロー・カントリー以後の、新しい反逆者の登場として受け止められたのだ。

(*日本語字幕あり、字幕設定で日本語を選択)

 

 『Pageant Material』そして『A Very Kacey Christmas』 

ケイシーは着実に活動を続け、2015年には2ndアルバム『Pageant Material』を発表。タイトルは「美人コンテストにふさわしい人」を意味しており、南部で理想とされる上品で従順な女性像への皮肉が込められている。

他人と比べず自分なりの幸せを見つけようと歌う「Biscuits」など、ケイシーは聞き心地の良いカントリーサウンドにピリッとした風刺を効かせ、南部女性の経験を様々な角度から描き出した。デビュー作の路線を推し進め、さらに深みを増したこの作品は、再び批評家からの高い評価を集めた。

(*日本語字幕あり、字幕設定で日本語を選択)

 

翌年には3rdアルバム『A Very Kacey Christmas』をリリース。カントリー以外にもハワイアンやオールディーズから影響を受けた、温かくチャーミングなホリデーアルバムだ。ハイライトはオリジナル曲「Christmas Makes Me Cry」。家族が一堂に会した場面で感じる切ない心境を繊細に歌い上げた、ケイシーらしい一曲だ。

このままカントリー界の人気者として活動を続けていても、ケイシーのキャリアは順調に進んでいたことだろう。だが彼女は次作でリスクをとって大きく飛躍することになる。

 

 

傑作『Golden Hour』と名曲「Rainbow」の誕生 

2018年、ケイシーは4thアルバム『Golden Hour』を発表。先行作品とは大きく異なるサウンドやテーマを提示し、自身のイメージを更新する傑作となった。

今作における劇的な変化のきっかけは、結婚して幸福な日々を送っていたパートナーとの関係、そして29歳の誕生日に見た皆既日食だった。すべてが輝いて感じられる「黄金のひととき (Golden Hour)」という経験を、彼女は宇宙や自然の超越的なイメージに託して表現した。それまで南部の社会を見つめてきた視線が、今作では自身の内面へと向けられ、愛や自己肯定といったテーマが深く掘り下げられたのだ。

それと連動するように、ケイシーはサウンド面においてもカントリー以外のジャンルを積極的に取り込んだ。アナログシンセやヴォコーダーを使い、ダンサブルなビートに乗せ、リバーブの効いた幻想的な音響の上で歌声を響かせる。エレクトロニカやアシッド・フォーク、ディスコに接近した音楽性は、それまでと比べよりポップでサイケデリックなものとなった。まさにケイシーが「スペース・カントリー」と表現した通りである。

さらにこの作品でケイシーは、彼女のキャリアを代表する普遍的な名曲をリリースした。アルバムの最後を飾る一曲、「Rainbow」である。

どんな苦難に直面したとしても、救いは必ずどこかにある。だってあなたの頭の上にはいつでも虹がかかっているのだから。きっとすべてがうまくいく……ピアノと歌だけのシンプルな構成で、子守唄のように優しく希望を歌うこの曲は、多くのリスナーからの深い共感をもって迎えられた。たくさんの人々がカバーしただけでなく、「虹」というイメージから、LGBTQ+コミュニティにおけるアンセムにもなった。最近では日本のアイドル・グループ、FRUITS ZIPPERの仲川瑠夏がカバーしたことでも話題となっている。

ケイシーは『Golden Hour』で、グラミー最優秀アルバム賞を受賞。今作における果敢な挑戦は、アメリカを代表するシンガーソングライターの座へ彼女を押し上げた。

 

痛みから生まれたカムバック作『star-crossed』 

2021年、ケイシーはパートナーとの離婚を経て、5thアルバム『star-crossed』を発表した。プロダクションはよりポップ寄りに聞きやすくなったが、関係が破綻していく苦しみや後悔、そしてそこからの再生を描いたテーマ性は、いたってシビアなものである。

(日本語字幕あり、字幕設定で日本語を選択)

 

さらにケイシーはアルバムのために48分の中編映画も制作。作品の世界観を映像表現によって拡張させ、アーティストとしての成長を示した。

 

初の全米1位、『Deeper Well』、進化は続く 

痛みをアートに昇華させ、見事に再起したケイシー。そのキャリアは再び上向き始めていた。2023年にはザック・ブライアンとのデュエット曲「I Remember Everything」に客演。この曲は世界的なヒットとなり、ケイシーは見事、自身初となる全米シングル・チャートの1位を獲得した。

さらに翌年の6thアルバム『Deeper Well』では、アコースティックなサウンドに回帰。友人の死や世界の美しさ、失われた愛や時の流れなど、人生の様々な局面について深い思いを巡らせる、内省的で癒しを感じさせる作品となった。

カントリー界の優雅な反逆児から、宇宙的な愛の詩人、そして魂の深淵を探る語り部へ。ケイシー・マスグレイヴスは、その長く豊かなキャリアのなかで、その表現を常に進化させ続けてきた。

今回の来日公演でも、きっとケイシーは観客に新しい境地を見せてくれることだろう。類稀なシンガーのパフォーマンスを、ぜひ目撃してほしい。

Written By セメントTHING


ケイシー・マスグレイヴス来日公演

2025年12月2日・東京 豊洲PIT

来日公演公式サイト

来日公演予習プレイリスト公開中
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