祭りがテーマのクラシック音楽作品:《動物の謝肉祭》や《ローマの祭り》をはじめとする9の名曲選

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今年は日本を含め世界中で、様々な祭りや花火が3年ぶりに開催されるという明るいニュースを多く耳にする年になった。祭りは春夏秋冬の季節や国の独立を祝ったり、民族、宗教で重要な意味を持つ行事だったりと、時代・国を問わず人々の心を惹きつけ熱狂させる。今回、そんなわれわれを惹きつけて止まない様々な祭りをテーマにしたクラシック曲を集めた。歴史の中には楽しい祭りだけではなく少しドキッとするような恐いエピソードもあり、それらの情景を想像しながら楽しんでいただきたい。祭りがテーマの曲の大部分は多くの人々が踊ったり聴いたりする場面を表現していることから、今回はホームパーティーのBGMで使えるプレイリストというのも裏テーマとなっている。

音楽ライター/PRコンサルタント 田尻有賀里さんによる寄稿。

1.Autumn 1(2022)
マックス・リヒター

みなさんは「ポスト・クラシカル」というジャンルをご存知だろうか。「ポスト・クラシカル」とは、クラシック音楽で使われているアコースティックな楽器を使用して、クラシックのアコースティックな響きとエレクトロニカの電子音を融合させた音楽のことで、ヒーリング・ミュージックのようだったりロックの要素が入っていたり、決まった定義はなく作曲家の自由な発想で作曲されるので現代の作曲家による現代のクラシックともいえる。

その「ポスト・クラシカル」の世界をフロントランナーとして率いるマックス・リヒターがヴィヴァルディの《四季》を再構築した『リコンポーズド・バイ・マックス・リヒター~ヴィヴァルディ:四季』の中から、祭りといえば収穫の秋ということで《Autumn 1(2022)》を紹介したい。この曲は10年前にリリースされたものを2022年に再録音した曲で、今回の新録音は、ピリオド楽器(ガット弦とバロック弓)と70年代初期モーグ・シンセサイザーを使用し、エッジが効いて少し尖った秋の雰囲気になっている。リヒターは邦題に”25%のヴィヴァルディ”と付けていることから25%しか原曲の要素を入れていないというのだが、不思議とやはりわれわれの知っているヴィヴァルディの《秋》であり、とても耳なじみの良いサウンドに仕上がっている。

2.《動物の謝肉祭》より第13曲:白鳥
カミーユ・サン=サーンス

〈白鳥〉はサン=サーンスによって1886年に作曲された組曲《動物の謝肉祭》の全14曲の中の13曲目の曲。14曲の中では最も有名で演奏される機会も多く、ピアノが奏でるなだらかな水面を美しい白鳥が優雅に泳ぐ様子をチェロで表現している。《動物の謝肉祭》はまるで動物園を巡るように様々な動物たちのユーモラスな生態を音楽で表現した楽しい組曲であるのだが、元々プライベートのパーティー用に作曲された曲であるのと、曲中に他の作曲家の曲をパロディで風刺的に使っていることから生前はこの〈白鳥〉以外公の場では出版されなかったといわれている。今回は裏テーマであるホームパーティーで使えるクラシック曲をいうことで最も知られている〈白鳥〉を取り上げたが、他の13曲から有名なクラシック曲のフレーズを見つけ出してみるのもサン=サーンスの風刺的なユーモアを感じられておもしろい。

3.序曲《謝肉祭》作品92
アントニン・ドヴォルザーク

《謝肉祭》はドヴォルザークの《自然と人生と愛》という演奏会用序曲の3部作の中の第2曲。ドヴォルザークが渡米する前の1891年、50歳のときに書かれた曲である。謝肉祭とは、復活祭(イースター)の40日前から始まる四旬節の断食の期間の前に肉を食べて楽しく遊ぼうというローマ・カトリック教の諸国で行われているお祭りのことで、仮装したりご馳走を食べたり各国・各地域の特色が出る。ドヴォルザークの謝肉祭もイ長調の華やかな曲調で出だしから打楽器や金管楽器が鳴り、まさに賑やかな祭りの舞曲。最後まで疾走感ある祭りの熱狂で駆け抜けるのかと思いきや、中間部ではハープの音とヴァイオリン・ソロの優しい旋律に一気に癒しモードになる。ドヴォルザークがかつて別荘を建て過ごしたヴィソカーという村の森の風景を描いているのではと思わせられる。《謝肉祭》は《自然と人生と愛》の中の「人生」をテーマにしているといわれるが、人生が祭りという発想はかなり陽キャラな作曲家であるともいえる。

4.《日本狂詩曲》より第2楽章:祭
伊福部 昭

半世紀以上に亘り制作し続けられている特撮怪獣映画『ゴジラ』のテーマ・ソングで知られる伊福部昭の初のオーケストラ作品であり、デビュー作となった《日本狂詩曲》の第2楽章〈祭〉を今回のプレイ・リスト唯一の日本の祭りをテーマにした曲として紹介したい。伊福部は独学で作曲を学び、ラヴェルの管弦楽の作曲法に影響を受け、ラヴェルに曲を聴いてもらいたいという動機でラヴェルが審査員を務める(結局は審査員から外れたとのこと)フランスの国際コンクールにこの《日本狂詩曲》を出し、1位のチェレプニン賞を獲得したというエピソードがある。クラリネットのソロから始まり、打楽器が加わって、民族音楽調のリズムが続いていく。中盤に向かうにしたがってだんだん打楽器の数は増え、他の楽器も加わり繰り広げられる熱狂的なオスティナートはまさにどんちゃんお祭り騒ぎを彷彿させる。ラヴェルに憧れた伊福部が作曲したこの民族音楽らしさ全開の日本のラプソディのオーケストレーションの中に、フランスの空気やラヴェルの要素を見つけながら聴くのも楽しい。

5.《スペイン狂詩曲》より第4曲:祭り(Feria)
モーリス・ラヴェル

《スペイン狂詩曲》はモーリス・ラヴェルが1908年に書き上げた管弦楽のための狂詩曲。狂詩曲とは自由な形式で民族的な内容を表現した楽曲である。ラヴェルは母親がスペイン・バスク地方の出身だったことからスペイン民謡に馴染みがあり、スペイン音楽に影響を受けた作品も多く、この《スペイン狂詩曲》もそのひとつである。この第4曲目の〈祭り(Feria)〉は冒頭から鮮やかな木管楽器たちとハープが勢いよく走り出しまさにスペインの陽気なお祭りの情熱を再現したような明るく色彩豊かな曲で、カスタネットで刻むリズムがスペインの踊る人々の熱気を感じさせる。終始熱狂のままではなく、中間部ではイングリッシュホルン(コーラングレ)とクラリネットのゆったりとした幻想的な部分もあり、弦をベースに木管楽器が大活躍しその音色の巧みな表現を余すことなく楽しめる楽曲になっている。

6.前奏曲 第2巻より第12曲:花火
クロード・ドビュッシー

〈花火〉はクロード・ドビュッシーが作曲した各12曲からなるピアノのための前奏曲集のうちの第2巻の12曲目にあたる最後の曲で、7月14日のパリ祭の花火を表現した曲である。もともとパリ祭とは1789年7月14日にパリの民衆がバスティーユ牢獄を襲撃しフランス革命が起きたきっかけになり共和国が成立したという経緯から、フランスでは建国記念日を祝う一大イベントとなっている。この日はパリ中がお祭りムードに包まれ1日中花火が上がる。〈花火〉を聴いていると、まさに小さな花火・大きな花火が次々に現れ煌びやかに夜空を彩るような情景が目に浮かぶ。華やかなだけではなく、冒頭の揺らぎや曲中で時折感じる力強さは混沌とした革命を乗り越えて建国したフランス人の民衆の強い決意なのだろうか。そして、最後の部分にはうっかりすると聴き逃してしまいそうなほどの数小節にフランス国歌〈ラ・マルセイエーズ〉のフレーズが引用されていて、ドビュッシーの祖国への思いも感じられる。印象派と言われるドビュッシーらしく、花火の音と光の瞬間を切り取って表現したような色彩感あふれる作品である。

7.《セルダーニャ》より第2曲:祭〜(ピュイセルダの思い出)
デオダ・ド・セヴラック

《セルダーニャ》は、デオダ・ド・セヴラックが1908年から1911年にかけて作曲したピアノ独奏のための組曲で、「5つの絵画的練習曲」というサブタイトルがつけられていて、今回紹介する〈祭〜(ピュイセルダの思い出)〉はその中の第2曲目の曲である。セルダーニャとはピレネー山脈東部にあるフランスとスペインの国境に跨る地域で、ピュイセルダとはスペイン側にある街の地名である。実際にセヴラックはセルダーニャの近くに住んでこの組曲を書き上げたことから、全曲に共通して郷土色が溢れ、それぞれの地方の風景や民族文化の要素が楽しめる。〈祭〜(ピュイセルダの思い出)〉は民謡調の美しい旋律と国境を警備している兵隊のファンファーレを表現したラッパ風の旋律、そして最後に現れるマラゲーニャと言われるスペインの民族舞踊ファンダンゴ風の旋律が特徴的で、まるで自分もその場所を訪れているような気分で異国情緒溢れる郷土の街のお祭りの風景を思い浮かべさせられる。

8.歌劇《サムソンとデリラ》より〈バッカナール〉
カミーユ・サン=サーンス

《サムソンとデリラ》はカミーユ・サン=サーンスによって作曲されたオペラ曲。ストーリーは旧約聖書「士師記」に基づくもので今回は省略するが、〈バッカナール〉は第3幕の第2場で演奏される曲で、ヘブライ人(サムソン側)がサムソンの特別な怪力を使って敵対しているペリシテ人(デリラ側)を苦しめるが、デリラはその美貌でサムソンを誘惑しその怪力を封じる方法を聞き出し捕らえ、デリラをはじめとするペリシテ人たちが勝利を祝い酒盛りする曲として登場する。

「バッカナール」とはもともと古代ギリシアに起源する酒と収穫の神ディオニュソス(バッカス)を祀る祝祭で踊られる酒宴の踊りのことを指すが、このオペラの中での「バッカナール」はワイワイと楽しく陽気な酒盛りの祭りのイメージではなく敵を誘惑した色気と熱狂とが混ざり合った官能的な場面を演出する。まるでデリラの美貌を表現するようなアラビア風で妖艶なオーボエの独奏から始まり、リズミカルで美しい旋律ながらも徐々にスピードと熱を帯びていく緊張感に虜にされる。そのキャッチーで魅力的な旋律から吹奏楽にアレンジされて演奏される機会も多く、中高生の部活やコンクールでも使われ、最近では『青のオーケストラ』という漫画の中でも高校生たちが定期演奏会で演奏する曲としても出てくる。しかし本来のオペラのストーリーや使用場面の魅力は完全に大人向けのため、ぜひ大人になってからこそあらためて楽しんでいただきたい作品である。

9.ローマの祭り
オットリーノ・レスピーギ

《ローマの祭り》は、オットリーノ・レスピーギが1928年に完成させた「ローマ三部作」(※)と言われる交響詩の中の最後に書かれた作品。この《ローマの祭り》は1楽章が全第4部で構成されていて、古代からロマネスク時代、ルネサンス時代、近代までのローマを舞台にした4つの祭りをテーマに作曲されている。第1部の〈チルチェンセス〉は、何かを祝ったり喜んだりする所謂祝祭的な祭りではなく、暴君で知られる皇帝ネロが民衆への見世物としてコロッセオでキリスト教徒たちと猛獣を闘わせる残酷なショーを描いた曲で、タイトルのチルチェンセスとは見世物という意味である。

第2部の〈五十年祭〉は、ローマに巡礼したものには特別の赦しを与えるという50年ごとに行われているロマネスク時代のカトリックのお祭りのことで、聖年祭と言われている。巡礼している様子を表現するのに曲中に讃美歌が使われているのが特徴的である。

第3部はローマ郊外にあるカステッリ・ロマーニという地域でのブドウの収穫祭をテーマにした曲である。レスピーギ自身が楽譜の冒頭に書いたイタリア語の紹介を訳すと「ブドウの葉で装飾された城で10月のパーティーが開かれ、狩猟の響き、鐘の音、愛の歌に包まれる。そして、甘美な夜にはロマンティックなセレナーデが流れる」とある。

第4部は近代ローマのナヴォーナ広場で行われる主顕祭の前夜祭を描いている。主顕祭とは、イエス・キリストの顕現を記念する祝日でカトリック教徒にとってはクリスマス以上に重要な行事であるということから、曲の冒頭から賑やかなお祭り騒ぎが始まる。祭りの手回しオルガン、物売りの声、酔っぱらった人の歌声を楽器で表現しているのが聴きどころである。

第1部:チルチェンセス
第2部:五十年祭
第3部:十月祭
第4部:主顕祭
※:《ローマの噴水》《ローマの松》《ローマの祭り》

Written by 音楽ライター/PRコンサルタント 田尻有賀里




 

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