デビュー10周年で新作に挑むギタリスト ミロシュ、最新インタビューを公開

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©Esther Haase

―前回、ミロシュさんと直接お話をしたのは、スタジオジブリ作品『思い出のマーニー』のサントラ録音のために来日なさった時ですね。

ええ。『思い出のマーニー』は素晴らしい体験でした。そもそもサントラというものに参加したことがなかったので、生まれて初めての経験だったのですが、とても良い思い出になりました。

―それからしばらくして、腕の故障による演奏休止を余儀なくされましたが、復帰後にリリースされた『サウンド・オブ・サイレンス』は、その時の体験が反映されているのですね。

肉体的な故障であれ、精神的な問題であれ、仕事のストレスであれ、不調は誰にでも起こりうると思いますが、私の場合は休養期間中に音楽をより深く学べたという点で、貴重な体験だったと捉えています。以前、ビートルズのカバー・アルバム『ブラックバード』を録音した時は、ロックとクラシックの交差という感じでプロジェクトを捉えていました。

でも『サウンド・オブ・サイレンス』の時は、レディオヘッドであろうがダイドであろうが、ジャンルに関係なく音楽は音楽だと考えるようになったんです。『サウンド・オブ・サイレンス』は必ずしもクラシックと言えないかもしれませんが、録音を通じて自分というものをより深く認識し、次のプロジェクトに着手することが出来ました。

―そのプロジェクトが、ジョビー・タルボットとハワード・ショアの新作協奏曲を収めた今回のアルバム『The Moon & The Forest』ですね。

ええ。まずこのアルバムは、既存の協奏曲を演奏するという意味での“協奏曲集”ではありません。クラシック・ギターの可能性とそのレガシーを次代に伝えるためには何が必要なのか、そのためにレパートリーを新たに生み出す必要があるのではないか、という問題意識から生まれたアルバムなんです。

―「INK DARK MOON」を作曲したタルボットは『銀河ヒッチハイク・ガイド』、それから「THE FOREST」を作曲したショアは言うまでもなく『ロード・オブ・ザ・リング』と、ふたりとも映画音楽で知られる作曲家ですね。

今回の新作協奏曲の作曲では、さまざまなジャンルの作曲で活躍するふたりの力量が遺憾なく発揮されていると思います。ギター協奏曲の作曲は、クラシック・ギターの繊細なサウンドをオーケストラの豊かな響きと融合させなくてはいけないので、非常に難易度が高いのです。

ところが「INK DARK MOON」も「THE FOREST」も、ギタリストがオケの中でとても心地よくソロが弾ける作品なんですよ。作曲家がオーケストレーションに通じ、しかもストーリーを豊かに伝えていく技量を持っていなければ不可能だと思います。

―タルボットに委嘱したきっかけは?

英国ロイヤル・バレエのために彼が作曲したバレエ『不思議の国のアリス』の上演を見て、彼の音楽に感銘を受けました。イマジネーション豊かで、リズムも生き生きとしている。ギター協奏曲にピッタリだと感じて、彼に委嘱することにしたんです。

―「INK DARK MOON」という曲名は、小野小町と和泉式部の和歌をジェーン・ハーシュフィールドが英訳した恋愛詩集『INK DARK MOON』から採られているんですって?

その通り。非常に喚情的で美しい曲名ですよね。タルボットはこの作品を標題音楽としては作曲していないと言っていましたが、私がこの作品を弾いていると、さまざまな情景や色彩、想念が浮かんできます。特に“自然”という要素が強く感じられますね。そういう意味で、和歌集のタイトルを曲名に用いたのは正解だったと思います。日本は自然が豊かな国ですからね。

―「INK DARK MOON」で驚いたのは、実演でもギター・パートをマイクで増幅することで、オケの大音量と拮抗できるような作りになっていることです。ほとんどシンフォニア・コンチェルタンテ(協奏交響曲)という感じです。

マイクの使用は、私の方からタルボットに提案しました。要するに、ギターのためにオケを抑えるようなことは、今回の新作ではやめようと。私自身のギターの音量は大きいので、例えば2000席の大阪ザ・シンフォニーホールで演奏しても、何の問題もありません。

しかし、そこにオケが加わると、ギターの音に含まれる周波数のある部分がかき消されてしまうんです。そこでテクノロジーの力を借りれば、ソロもオケも妥協することなく、存分に力を発揮できると考えました。

―ショアに委嘱したきっかけは?

指揮者のアレクサンダー・シェリーと《アランフェス協奏曲》をミュンヘンで演奏した後、将来のプランについていろいろ話し合ったんです。その中で「協奏曲のレパートリーを増やしていきたいね」という話が出たんですが、シェリーが「今度、カナダ・ナショナル・アーツ・センター管のポストを引き受けることになったけど、(カナダ出身の)ハワード・ショアなら面識がある」と。

私自身、ショアの映画音楽の大ファンでしたので、協奏曲の委嘱を打診して引き受けていただきました。「The Forest」は、シンプルな和声がオーケストラの豊かなテクスチュアと組み合わさった、とてもユニークな作品です。同時に、委嘱を通じてショアと私が築き上げた個人的な友情が、音楽の中にも反映されていると思います。

―「The Forest」では、オケが演奏する鳥のさえずりにギターが唱和するような、美しい自然描写に感銘を受けました。

曲の主人公が森を散策し、自然と対話していくような感じですね。「The Forest」の森は、単なる森林というより、我々自身の“記憶の森”ではないかというのが、私の解釈です。

―第2楽章の中間部で、《アランフェス協奏曲》の引用が出てくる箇所は驚きました。

私もです(笑)。オタワでの世界初演のリハーサルで、みんなびっくりしたんです。「あれっ、曲が違うんじゃないか?」って(笑)。もちろん、引用はショア自身のアイディアなのですが、ロドリーゴへのオマージュとして素晴らしいと感じました。《アランフェス》がなければ、ギター協奏曲の歴史は現在と全く違ったものになっていたでしょうからね。ショアの謙虚な態度が感じられます。

―タルボットもショアも、作曲にあたって(ミロシュの故郷)モンテネグロの音楽からインスピレーションを受けたと語っていますね。

委嘱に際しては、アーティストとしての私の音楽性も曲の中に反映させていただきたかったので、ふたりにモンテネグロの音楽素材を数多く送り、参考にしていただきました。タルボットの場合は、バルカン半島のダンスからリズム動機を用い、それが第3楽章の推進力みなぎる音楽の原動力になっています。

一方、ショアの場合は、モンテネグロからインスパイアされたメロディを曲の随所に用いていますね。このように、ふたりの協奏曲は対照的であると同時に、共通点も数多く存在します。ちょうど“陰と陽”のような感じですね。それがこのアルバムの中で見事に組み合わさり、ひとつの世界、ひとつの自然を作り上げているんです。そういうつもりでこのアルバムを録音したわけではないのですが、予想外の結果にとても満足しています。

©Esther Haase

―タルボットとショアのほかに、アルバムにはエイナウディの「Full Moon」とシューマンの「トロイメライ」のギター・アレンジも収録されていますね。

この2曲も協奏曲と同様、クラシック・ギターの素晴らしさを未来に伝えるため、新たなレパートリーを生み出していく必要があると感じて収録しました。シューマンの「トロイメライ」に関しては、ご存知のようにタレガのギター編曲版がすでに存在します。

ギター独奏曲としては素晴らしいんですけど、原曲のシューマンのピアノ版と比較した時、原曲が持つ音楽性の高みにまで到達していないと感じました。《トロイメライ》は一見するとシンプルな曲ですが、ピアノが10本の指を用いて旋律を途切れなく演奏できるのに対し、ギターは左手の4本の指だけで演奏しなくていけない。

そういう意味で、技術的に非常に難易度が高い曲なんです。そこで、シューマンのオリジナルの素晴らしさをそのまま保ちつつ、ギター曲としても充分に満足がいく編曲を、私が英国音楽院で師事したマイケル・ルーウィンにお願いしました。

―パンデミックが収束したら、また日本で演奏していただきたいです。

「INK DARK MOON」をBBCプロムスで世界初演した時は、実は日本製のスピーカーシステムを使ったんですよ。以前、日本でツアーをした時、富士通テン(現・デンソーテン)の「ECLIPSE」を使う機会があって感銘を受けました。

そこで、ロンドンの代理店にお願いし、世界初演で「ECLIPSE」を使ったんです。ですので、日本に再び戻ったら、同じシステムを用いて「INK DARK MOON」を演奏できれば、と望んでいます。日本の技術力のおかげで、スピーカーを通している不自然さは全く感じられません。すごくナチュラルに聴こえてきます。そんなに難しいセッティングではありません。ぜひ日本で演奏したいです。

―日本に因んだ曲名の協奏曲を、日本の技術力を借りて演奏するわけですね。

その通り(笑)。

Interviewed & Written By 前島秀国(サウンド&ヴィジュアル・ライター)


■リリース情報

2021年4月30日発売
『The Moon & The Forest』
ミロシュ

CD /iTunes / Apple Music / Spotify /Amazon Music




 

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