車で楽しむドルビーアトモス:“走るコンサートホール”の臨場感を全身で味わう

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没入感のある音楽体験を得られる立体音響技術・Dolby Atmos®︎(ドルビーアトモス)。その名前を耳にしたことがある方も多いのではないだろうか。これまで4回(1回/ 2回/ 3回/ 4回)に渡ってドルビーアトモスの楽しみ方を紐解いてきたが、今回ご紹介するのはイヤホンやサウンドバーの話ではない。そう、タイトルにもある通り、ドルビーアトモスと車についての話だ。

ドルビーアトモスのシステム(Dolby Atmos for Cars)を搭載した車からは、一体どんな音楽体験を得られるのだろうか。今回はDolby Japan株式会社の飯田泰充さん(ライセンス・セールス 関西支店長)、齊田智輝さん(ライセンス&エコシステム マネージャー)にお話を伺った。記事の後半では実際の試聴レポートを曲ごとにご紹介。門岡明弥さんによるインタビュー。


ホームシアターならぬ“カーシアター”

──前回の取材時に「ドルビーアトモスを搭載した車がある」というお話を伺ってから、ずっと楽しみにしていました。まずは、車で立体音響を楽しめるシステムことDolby Atmos for Carsが生まれた経緯を教えてください。

飯田:大きなきっかけは、ユニバーサル ミュージックさんを筆頭に音楽レーベルさんでドルビーアトモスによる楽曲の制作が始まり、ストリーミングサービスによりそれらの楽曲が配信されるようになった事だと考えます。加えて自動車業界では“CASE(Connectivity、Autonomous、Service&Shared、Electric)”を軸にした技術開発が大きな流れになっているのですが、”Connectivity”と “Electric”の部分にあたる電気自動車(EV)の普及が追い風になっていると感じています。

これまでの車と比べて車内の静寂性が向上したり、車をインターネットに繋げられるようになった事と、ストリーミングサービスの普及により非常に多くの音楽や映像コンテンツが流入し車内におけるコンテンツの楽しみ方が広がってきまして。そうして、よりよいカーオーディオ体験をお届けできるのではないか?といった流れによって生まれたのが、Dolby Atmos for Carsです。

齊田:自動車メーカーの方によると、電気自動車は充電に時間がかかってしまうので、その待ち時間をどうするか……といった意味でもエンターテイメント性を重視する流れが強まってきているみたいです。最近では走りや燃費だけじゃなく、音響のよさも車を選ぶ基準のひとつに含まれてきているそうですよ。

(写真左:飯田泰充さん、右:齊田智輝さん)

──Dolby Atmos for Carsの構想はいつから練られていたのでしょうか。

飯田:実は6年前、自動車メーカーさんに「ドルビーアトモスどうですか?」って提案したことがあったんですよ。でも、そのときはまだドルビーアトモスはBlu-Rayなど映像コンテンツが中心で音楽には十分対応出来ておらず、また車で音楽を聴く方法が今ほど幅広くなかったので具体的な話には進みませんでした。

やはり、ドルビーアトモスで配信される楽曲が増えてきたことや、音楽を楽しむための自動車環境が整ってきたことでようやく実現できたシステムだと感じています。

齊田:近頃はDolby Atmos for Carsを採用していただく自動車メーカーさんが増えてきております。中国メーカーのNIO(ニオ)、理想汽車(リ・オート)をはじめ、メルセデス・ベンツやボルボからもドルビーアトモスに対応した車が販売されており、アメリカや中国を中心に増えている状況です。

──国内で買えるのかどうかも、気になります。

飯田:既にドルビーアトモス対応を発表された海外メーカーさんの車が間もなく国内で販売されると聞いています。まだ日本ではそのような形でしか手に入れられませんが、いずれ国内の自動車メーカーさんともご一緒させていただき、多くの方にDolby Atmos for Carsの魅力をお伝えできたらと思っております。

21個のスピーカーで臨場感のある音響を

──車内をざっと拝見しただけでも、たくさんのスピーカーが設置されていますね。

飯田:このデモカーには21個のスピーカーが搭載されているのですが、平面スピーカー(7ch)は全て2wayスピーカーになっており、天井に6個のスピーカーを備え、7.1.6chのドルビーアトモス再生環境となっています。

──天井にも設置されているんですね。 ちなみにイヤホンやサウンドバーでドルビーアトモスの曲を聴くことと比べて、車で聴くことにはどんなメリットがあると感じますか。

飯田:車内には実際にスピーカーを設置しているので、そこから発せられる空気の振動をダイレクトに感じられる点が魅力だと思います。さすがに家の中に21個のスピーカーを置こうとすると、なかなか大変ですからね(笑)。もちろんイヤホンやサウンドバーでもドルビーアトモスの臨場感は楽しめますが、そこに本物のスピーカーがあるかないかの違いは大きいと感じています。

また、車の中っていろんな素材で作られていますよね。素材によって音を反射したり吸収したりするため非常に音作りが難しい環境なのですが、実際には自動車メーカーさんやカーオーディオメーカーさんに車の空間に合わせた最適なチューニングを施していただきます。そのおかげもあり、イヤホンやサウンドバーで聴く以上に“臨場感のある音響”を全身で楽しめる環境が実現できます。

齊田:このデモカーにはトランク部分にサブウーファーが付いているのですが、なかなかご家庭で本格的なサラウンドな音響を楽しむ機会も多くはないと思うので、それもメリットのひとつですね。

飯田:あと、クラシックに限らず、ダイナミックレンジの広い曲ってありますよね。たとえば、静かな優しいフレーズがあったり、ドーンと鳴る強烈なフレーズもあったり。それってご家庭で聞くとき、ボリュームの調整が結構大変じゃないですか?

──車でクラシックを聴くときには、確かに気になるかもしれません。特にピアノ協奏曲なんかですと、オーケストラのトゥッティとピアノのソロパートでは音の聴こえ方がずいぶん違いますしね。

飯田:そうですよね。もともと車内というパーソナルな空間では家庭内ほど音量を気にする必要は無いという事に加えDolby Atmos for Carsならひとつひとつの音がちゃんと聴こえるように最適化されているため、フレーズによって細かく音量を調整する必要もほとんどありません。ダイナミックレンジの広い曲を聴くときも、ストレスフリーに楽しんでいただけると思いますよ。

Dolby Atmos for Carsを味わってみた

お話を伺ったうえで、実際にDolby Atmos for Carsを体験させていただいた。クラシックをはじめとした7曲を流していただいたが、その圧倒的な臨場感に驚きを隠せなかった。

車の中を縦横無尽に動き回る音。上から下に落ちてきたり、遠くから近づいてくるように聴こえたり……。車の広さは変わっていないのに、曲によっては物理的な空間以上に車が広く感じられたのは実に不思議な感覚。目を瞑って聴くと、まさか自分が車の中にいるとは全く思えない。まさしく、リスニングルームさながらの感覚だと言える。

特に、録音したホールが持つ響きの違いを感じられたことには、本当に驚いた。音が空間に溶けていくグラデーションのような音響をはっきりと捉えられるため、車の中でありながらも世界各地のホールに足を運んでいるかのような気持ちになる。大袈裟かもしれないが、もはや“音の細胞”が目に見えてくるような音響……とでも言えばいいのだろうか。

今回聴かせていただいた7曲全てに異なるよさを感じられたが、中でも以下の3曲は大きな違いを感じられたのでご紹介する。できればDolby Atmos for Carsを実際に体験していただきたいところではあるが、まずはスマホとイヤホンを使ってドルビーアトモスの空間的な音響の魅力を味わってみてほしい。

J.S.バッハ:《2つのヴァイオリンのための協奏曲》BWV1043より第3楽章(ヤーノシュカ・アンサンブルによる編曲)

ヤーノシュカ・アンサンブルによって変貌を遂げた、J.S.バッハの作品。ドルビーアトモスで聴いてみたい曲として毎回この曲を挙げてきたが、今回車の中で聴いてみて、改めて“クラシカルな響き”を尊重している作品であるようにも感じられた。ジャズ・セッションを思わせる緊張感やグルーヴ感と、クラシカルな響きのコントラストがたまらない!

ドビュッシー:《ベルガマスク組曲》より第3曲〈月の光〉

ドビュッシーが生み出した作品の中でも、特に有名な1曲。空間に音が消えていく美しさに、思わず息を呑んだ。今回聴いた7曲の中で、最もホールにいる感覚を覚えたのはこの作品かもしれない。
何がそんなによかったか。ひとことで“ピアノ”という楽器から音が発せられていることに違いはないのだが、各音域がそれぞれ異なるスピーカーから聴こえるため、まるでオーケストラを聴いているかのような色彩感を感じられたのだ。ホールの響きに溶け込みながらも、各声部の表現がスッと耳に入ってくる感覚が心地よく、バレンボイムが持つ弱音の美しさや透明感もより感じられた。

ベートーヴェン:《交響曲第7番》より第1楽章

バレエ音楽を思わせるリズムに明朗快活なメロディが特徴的だが、ひとつのリズムが執拗に繰り返されつつも全く飽きの来ない構成力にベートーヴェンの手腕が光っている作品。この曲で特に印象に残っているのは、圧倒的な“人数”を感じられた点だ。ただ音数が多いのではなくて、ひとりひとりの息遣いまで感じられたというか。炊き立てのお米みたいに音の粒立ちがよく、舞台の上にいる“人”が見えてくるようだった。生演奏さながらの生き生きとした熱に、胸を打たれる。

車でクラシックを聴く楽しさが倍増する

今後Dolby Atmos for Carsが普及してきたら、車を走らせなくとも音楽を聴く・映画を観るためだけに車に乗る……といった楽しみ方が生まれるのではないだろうか。それに、クラシック音楽は車の走行音等のノイズがある環境では聴きづらかったため、このストレスを解決できる点もやはり魅力的だと感じた。走行環境・車種によって聴こえ方に多少の違いがあるかもしれないが、これまで以上に車でクラシック音楽を聴く楽しさが倍増することは間違いないだろう。

多くの国産車に実装される日が、待ち遠しい!

Interviewed, Written & Photographed By  門岡明弥


※Dolby、ドルビー、Dolby AtmosおよびダブルD記号は、アメリカ合衆国とまたはその他の国におけるドルビーラボラトリーズの商標または登録商標です。



 

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