トラヴェリング・ウィルベリーズ『The Traveling Wilburys Vol 1』架空の5人組という設定のスーパーバンド

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トラヴェリング・ウィルベリーズ(Traveling Wilburys)は“ロックのスーパーグループ”という名に値する数少ない正真正銘のバンドの一つであるが、おそらく自信とユーモアに溢れるメンバー5人は、敢えてそういったレッテルを貼られることを却下したのであろう。

メンバーであるジョージ・ハリスン、ボブ・ディラン、トム・ペティ、ジェフ・リン、そしてロイ・オービソンの5人は、ファースト・アルバム『The Traveling Wilburys Vol 1』のレコーディングをした頃にはすでに全員世界的なスターとしての地位を手に入れており、ハリスンのヘンリー・オン・テムズ・スタジオにて1988年の4月から5月にかけて行われたレコーディング・セッションは楽しい時間となった。


「みんなでコーヒーを飲みながら誰かが、“これはどう?”と言ってリフを弾き始めるんです」とギタリスト兼共同プロデューサーのジェフ・リンは話す。「するとみんなが一緒に弾き始めて、そこから何かが生まれる。真夜中頃に終わると今度はロイがサン・レコードやエルヴィス・プレスリーと過ごした当時の事とか、素敵なエピソードを聞かせてくれる。そして次の日にはまた違う曲に取り掛かりました。だからどの曲も素晴らしくて新鮮なんです。なぜならどれも後からとやかく言われたり、分析されたり、差し替えられることがなかったから」。

マルチ奏者のジェフ・リンは、元々エレクトリック・ライト・オーケストラの主要メンバーとして活躍した経歴を持ち、彼がジョージ・ハリスンのアルバム『Cloud Nine』に共同プロデューサーとして参加した頃から、二人はスタジオの機材を「ウィルベリーズ / Wilburys」と呼ぶようになった。新しく結成したバンドが名前を考えていた時にジョージ・ハリスンは「トレンブリング・ウィルベリーズ / Trembling Wilburys」を提案したが、ジェフ・リンが思い付いた“トラベリング”の方を残りのメンバー3人が気に入ったという。

この新しいバンドでは、メンバー全員がそれぞれの仮名とそれに紐づく凝った人物設定を持っていた。

ネルソン・ウィルベリー(ジョージ・ハリスン)
オーティス・ウィルベリー(ジェフ・リン)
レフティー・ウィルベリー(ロイ・オービソン)
チャーリー・T・ウィルベリー・ジュニア(トム・ぺティ)
ラッキー・ウィルベリー(ボブ・ディラン)

しかもジョージ・ハリスンの親しい友人であり、ザ・ビートルズとジャズ・シンガーのジョージ・メリーの広報マネージャーを担当したデレク・テイラーは、この架空の5人組についての詳細な歴史を記した物語も書いている。

 

“アルバムを作ること以外のことは考えられなかった”

『The Traveling Wilburys Vol 1』のジャケットの解説は、モンティ・パイソンのマイケル・ペイリンに依頼された。ヒュー・ジャンプトン(ジャワの東、クラカトア大学、ジャケット解説学部応用ジャケット学教授)の偽名を使い、マイケル・ペイリンはこう書いている。

「ウィルベリーのオリジナル・メンバーたちは変化のない人たちだったのだが、文明が変わっていくことに気付き、短い散歩に出かけるようになった。そこから“トラベリング(旅をする)”と付けられたものの、結局近くまで行ってすぐに帰ってくる」

何故このメンバーが揃ったのかは、ジェフ・リンが皆にとって共通の人物だったことが大きい。彼は元々ジョージ・ハリスンと仕事をしながら、トム・ペティがバックヴォーカルとアコースティック・ギターで参加したロイ・オービソンのアルバム『Mystery Girl』で共同プロデュースも手掛けていた。

ある晩、ジョージ・ハリスンが「Handle With Care」というトラックに参加して欲しいと彼に依頼。それはアルバム『Cloud Nine』に先行してヨーロッパで発売されるシングル「This Is Love」のB面トラックになる予定だった。彼らはボブ・ディランに連絡をとり、ディランのガレージ・スタジオでこの楽曲をレコーディングする許可を得た。レコーディング当日にバーベキュー・ランチを彼らに振舞ったボブ・ディランは、結果的にこの楽しいセッションに参加することになった。

そんな自然な流れによって、キャッチーなメロディと世の中で起こり得る最悪な出来事への暗示

テロに遭って空港から出られない
催眠をかけられて会議に出る/過度の露出で

を歌ったこのシングルが完成すると、彼らは何か特別な曲を作り出したことに気づいた。「あの曲が好きでした」と、ジョージ・ハリスンは語っている。

「このメンバーによって出来上がったものに満足して、僕はしばらくそれを自分のポケットに入れて持ち歩き、“これで何ができるだろう?”って考えていたんです。そうして出た答えが、もう9曲作ってアルバムにしようってことでした」

ワーナー・ブラザースの幹部たちがシングルを気に入り、アルバムを完成させることを承諾した。5人の友人たちは共に作曲と歌を担当し、類稀な即興的スーパースター・コラボレーションが実現した。

 

“明らかに彼は褒めていた”

アルバム『The Traveling Wilburys Vol 1』は全曲合わせて僅か36分足らずの作品だが、その中には素晴らしい瞬間が沢山詰まっている。茶目っ気溢れるラヴ・ソング「Dirty World」には、コール&レスポンスが飛び交う素晴らしいヴォーカルと、ジム・ホーンによる気品漂うサックス演奏がフィーチャーされている。

ジム・ホーンは多くのミュージシャンから尊敬されている奏者で、エルヴィス・プレスリー、カーペンターズフランク・シナトラ、そしてディジー・ガレスピーなどの多様なアーティストたちの作品に参加している。その他の才能あるセッション・ミュージシャンとして、パーカッショニストのレイ・クーパーとイアン・ウォーレス(デヴィッド・リンドレーのデビュー作“El Rayo-X”では力強い演奏を披露している)が参加しており、「Handle With Care」ではタムタムを叩いている。

「Last Night」はメロディ感たっぷりのラヴ・ソングで、「Heading For The Light」はジョージ・ハリスンらしいスピリチュアルな探求となっている。収録曲の中でも特に際立つトラックの一つとして「Tweeter And The Monkey Man」があり、その始まりはソーシャルメディアが生まれる以前にボブ・ディランがニュージャージー州に住むツイーターという男性についての曲を書きたいと思ったことだった。作曲に加わったトム・ペティ曰く、ジョージ・ハリスンが参加するには“アメリカン過ぎる”という理由で作詞を辞退したそうだ。

「ボブが、“ブルース・スプリングスティーンの曲を参考にすればいい”と言ってた。明らかに褒め言葉としてね」とトム・ペティは語る。実際に「Mansion On The Hill」「Thunder Road」、そして「Highway 99」などの楽曲はブルース・スプリングスティーンを彷彿とさせる。

不幸にもロイ・オービソンは、アルバム発売日1998年10月17日の6週間後に心臓発作で亡くなった。しかし、心地良いバラード「Not Alone Any More」では、当時52歳だった彼をロックンロールの伝説に仕立て上げた熟練のヴォーカルが健在であることを証明した。

締めの楽曲として、活気に満ちた「End Of The Line」が収められ、メンバーらは甲高い声でこう歌っている。

全然良いんだよ/年老いて白髪でも
それで良いんだよ/伝えられることはまだ残っているから

個々に素晴らしいアルバムを数多く作り上げてきた経験、そして総年齢が222歳ということで、5人のメンバーで素晴らしい旅をするウィルベリーたちは、力を合わせて素晴らしい作品を作れることを証明してくれた。

Written By Martin Chilton


トラヴェリング・ウィルベリーズ『The Traveling Wilburys Vol 1』

トム・ペティ初のベスト盤『The Best Of Everything』
2CD / 4LP / iTunes



 

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