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“沈黙の次に最も美しい音”:ECMレコード入門

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見た目で中身を判断するな(Never judge a book by its cover)という諺は、多くの人にとって共鳴できるのは事実だが、それはECMレコードに限っては当てはまらない。なぜなら、ECMレコードはEdition Of Contemporary Musicの略称であり、まさにその名前のとおりのレーベルだからだ。ECMが誇るカタログの1,600枚のアルバムのどの作品も、アートワークを一目見るだけで、そのアーティストのこと、そしてレコード・レーベルのことが伝わってくる。それは、ECMレコードが無作為に、そして偽りをもって何かをすることがないからだ。レーベルのリリースのあらゆる要素、クオリティの高いカヴァー・アートから伝わる音楽のユニークなコンセプトまでが統一され、総合的で審美的なヴィジョンがあるのだ。

ヴィジュアル面でも明確で歴史的にも重要なブルー・ノート、インパルス!、CTIレコードなどのように、ECMレコードがアーティストを紹介する上ではアートワークが不可欠であり、そのためには本や展示会、映画まで活用してきたほどだ。また、そのアートワークはECMレコードとその精神のヴィジュアル的な声明でもある。とはいえ、そのユニークなヴィジュアルには抜け目のない実用的な根拠もある。ECMのリリースは他の作品の中ですぐに際立つのだ。

しかし何よりも印象的なのはECMのサウンドだ。熟考のための音楽と定義することもできるだろう。熟考された、メランコリー、繊細、そして知的とも形容されるサウンドは、ニューエイジ・ミュージックの先駆けとも言われてきた。ECMのリリースのスタイルは、一般的にアップビートでブルースに影響されているアメリカのジャズと比べれると、明らかにヨーロッパ的な特徴がある。ECMの最も忠実なファンも、ECMが掲げてきた“沈黙の次に最も美しい音”というECMのスタイルに、前述のすべての要素は含まれると同意するだろうが、さらにその音が創り上げるムードや引き起こす感情だけではなく、はるかに多くのものをもたらしてくれると主張するであろう。

ECMの各々のリリースは、それぞれにユニークであるものの、プロデューサーであり、レーベルの創設者であるマンフレート・アイヒャーの痕跡が刻まれている。彼の哲学は、ブルー・ノートを40年代から60年代まで先導した伝説のアルフレッド・ライオンに近いもので、自分の仕事は主に素晴らしいミュージシャンを集め、彼らのインタラクションをリアル・タイムでレコーディングするというものだった。マンフレート・アイヒャーの貢献は最小限と思えるかもしれないが、スタジオの中でミュージシャンに方向性やアドバイスを与えるという意味ではとても重要であり、マンフレート・アイヒャーはその役割を演劇や映画において役者たちと向き合う監督のように捉えていたのも興味深い。

これだけの長い間存続し、かつ未だに完璧な形を保っているように見えるECMレコードだが、創設時に世界征服を目指した壮大な計画などがあったわけではない。しかしのちに、マンフレート・アイヒャーは、レーベルが20世紀の最後の30年におけるヨーロッパのバップ後のジャズの軌跡を型取り、影響をもたらし、その明確なヴィジョンを持った人物としてその功績にふさわしく称賛された。

その観点から見れば、ECMの初リリース・アルバムがヨーロッパのミュージシャンではなく、アメリカ人だったというのは多少皮肉ではある。それはジョン・コルトレーンの元同僚だったピアニスト兼作曲家のマル・ウォルドロンだった。LP『Free At Last』は1969年11月にレコーディングされ(マンフレート・アイヒャーはプロデューサーではなく”スーパーバイザー”の肩書き)、当時は比較的目立たない作品であり、マンフレート・アイヒャーさえもこの作品が穏やかに音楽の革命を引き起こし、その余波を約50年後にも感じることになるとは思ってもいなかった。

60年代から70年代へと移り、ECMレコードは開花し始める。バイエルンのリンダウ出身で、クラシックのコントラバス奏者として活動してからジャズに心奪われたマンフレート・アイヒャーは、徐々にプロデューサーの役割へと進化していった。彼の哲学はシンプルだった。過去のインタヴューでは「プロデューサーの役割は、自身が好きな音楽を捉え、それをまだ知らない人に紹介することだ」と話した。それがまさにECMレコードのすべてなのだ。

Sounds and Silence – Travels with Manfred Eicher (Trailer) | ECM Records

70年代のレーベルの鍵となるアルバムは、キース・ジャレットの『The Köln Concert』だ。1975年の画期的なソロ・ピアノのリサイタルは、ミュンヘンを拠点にしていたインディ・レーベルがメインストリーム・ジャズのファンから注目を浴びることになった。また、キース・ジャレットは1971年にECMレコードと最初のレコーディングをしてから、今日までECMに所属し続けており、その事実だけでもマンフレート・アイヒャー、そしてECMレコードの多くを物語っている。キース・ジャレットは、レーベルでレコーディングしてきた数々のアメリカのミュージシャンの1人であり、他にはドラマーでECMのリーダーやサイドマンの役割も務めてきたジャック・ディジョネット(スペシャル・エディションのリーダーも務めた)、キーボーディストのチック・コリア、ヴィブラフォニストのゲイリー・バートン、ギタリストのジョン・アバークロンビーとラルフ・タウナーを含む。もちろんECMは多くのヨーロッパのジャズ・ミュージシャンを世界のステージに立たせることにも尽力し、中にはノルウェーのサクソフォニストのヤン・ガルバレク、ドイツのベーシスト/作曲家のエバーハルト・ウェーバー、ポーランドのトランペット奏者、トーマス・スタンコ、そしてノルウェーのギターの魔術師、テリエ・リピダルを含む。

ECMに所属するアーティストやレパートリーは音楽、地理、そして文化の国境を超越していることを証明するように、マンフレート・アイヒャーはさらに高尚なクラシックにも足を踏み入れた。それはコンテンポラリーもヴィンテージも共に、ジョン・ケージからスティーヴ・ライヒ、J.S.バッハからジョン・ダウランドまでを含め、ECMニュー・シリーズとして発表した。1984年に傘下に立ち上げ、さらに映画のサウンドトラックや前途有望なモダンな作曲家の作品も取り上げている。

それだけでは満足せず、ECMはヨーロッパやアメリカの枠をさらに超えたミュージシャンのレコーディングも行い、エジプトのウード奏者アヌアル・ブラヒムやイランのケマンチェの名手カイハン・カルホールなども所属している。またロスコー・ミッチェルやエヴァン・パーカーなどフリー・ジャズも長い間支持してきた。

Roscoe Mitchell – Bells for the South Side | ECM Records

21世紀も20年目に近づくに連れ、ECMレコードの繁栄は続き、インディペンデントであり、テイストを築き、人生を変えるようなジャズのレーベルという独特の立場を楽しんでいる。2017年11月17日より、ユニバーサル・ミュージック・グループとの新たなグローバル・デジタル・ライセンスが始動し、初めてECMレコードのディスコグラフィーのすべてがストリーミングで配信されることとなった。これはレーベルにとっても新たな門出であり、さらに多くの人に音楽を届けることができる可能性がそこに広がっている。

レーベルの初心者には、その作品に驚くほどの多様性を感じるであろう。ベテランのギタリスト、パット・メセニーから、キース・ジャレットのきらびやかなキーボードでの語り、そしてヤン・ガルバレクの悩ましく神秘的なサクソフォン、またジャズ・シーンには比較的ニューカマーであるピアニストのヴィジェイ・アイヤーやティグラン・ハマシアンなどがいる。さらにレーベルの多種多様な才能を表すのは、キース・ジャレットと、同じく長いあいだECMの先頭を切ってきたヤン・ガルバレクは、ともにECMのクラシックにもその名を挙げており、ピアニスト/作曲家のアンドラーシュ・シフ、ヒリヤード・アンサンブル、アメリカの作曲家/パフォーマーのメレディス・モンク、そしてスティーヴ・ライヒ・アンサンブルと名を連ねる。

レコード会社の枠をはるかに超えたECMは文化的な礎であり、マンフレート・アイヒャーの最初のヴィジョンに忠実に活動してきた。核となる価値観を損ねることなく続けてきたことが、素晴らしい長寿の所以かもしれない。そしてマル・ウォルドロンのLP『Free At Last』でECMの名を初めて世に知らしめてから約半世紀経った現在でもECMレコードが繁栄し続けている秘訣なのだ。

Written by Charles Waring




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