ジェイムス・ブレイク『Assume Form』解説:過去の自分自身を越えた作品

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セルフ・タイトルが付けられたデビュー・アルバム『James Blake』から8年、ジェイムス・ブレイクは4枚目のアルバム『Assume Form』でポピュラー・ミュージックの針を静かにシフトし、フォロワーたちへの道しるべは残しつつも、雄大で思想豊かなエレクトロ・ポップを完成させた。

ジェイムス・ブレイクがシーンに出現して以降、独自に創り上げてきた音楽的景観には、心揺さぶるヴォーカル、音のループやシンセを巧みに操る才能溢れる侵入者達が定住し、実際にそんなアーティスト達が彼の最新作に参加している。

英国のシンガーソングライターで多作なプロデューサーでもあるジェイムス・ブレイクが3年振りにリリースした『Assume Form』では、自らが生み出した音楽領域を再び主張しているだけでなく、彼の最大のライバルである過去の自分自身を越えるものになっている。

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「今後こそは頭の中を抜け出して、姿を現すんだ」

「エーテルを抜け出して、姿を現すんだ / 今度こそ頭の中から抜け出しで、姿を現すんだ」と彼はタイトル・トラックで歌う。これは掴み所のないアーティストについての巧妙な喩えでもある。

2009年にUKのダブステップ・シーンから出現したジェイムス・ブレイクはエレクトロ、アンビエント、そしてソウルなどの要素を切り刻んで、全く新しい感動的なバラードを創り出した。平凡な“ジャンル”などといったものに囚われることなく、彼が元来持っていた脆弱性とキラキラと輝きを放つ歌声、という彼の作曲における2つの基本要素が、今も変わらず彼の存在を際立たせている。

2016年の『The Colour In Anything』や2013年の『Overgrown』を含む、彼の過去作品の多くでは、独特のファルセットが印象的だったが、この新作『Assume Form』では、全ての音域を駆使している。脆弱性はそこに存在しつつも、感情や展開は以前よりストレートなのだ。彼は自身のソーシャル・メディアでこう語っていた。

「僕が過去に作ってきた楽曲について語るとき、いつも“もの悲しげな少年”の存在が切り離せなかったことに気づいた。そんな彼らが心を開いて、内に秘める感情をさらけ出す時、その表現がとても不健全で厄介なものだと感じていたんだ」

メランコリックで感傷的、ジェイムス・ブレイクの音楽は悲痛や孤独といった負の感情の良き友である。そして、偶然にも毎回彼のニュー・アルバムが届けられるのは雨季と重なり、今回も(たとえ南カリフォルニアにいたとしても)それは例外ではない。ただ、今回のアルバム『Assume Form』に限っては、これまでの設定とは全く対照的に、ポジティブな活力に満ちている。

「何が何でも僕は主張するんだ / 僕には何も失うものがないから戦いに参加するんだ」と彼が「I’ll Come Too」の中で歌う通り、現在の彼がこの戦いに対して自信に満ち溢れていることがわかる。

「我流を貫く」

ジェイムス・ブレイクの感情に満ち溢れた音楽づくりを越える唯一のものと言えば他者の歌声を増幅させるその能力だろう。

一般的にはよく知られていないが、彼の影響はあらゆる場所に及び、ケンドリック・ラマーの『DAMN.』、ビヨンセの『Lemonade』、そしてフランク・オーシャンの『Blonde』に至るまで、過去数年間にリリースされた最も影響力のあるアルバムにおいても、彼がこつこつと積み重ねてきたものが少なからず影響している。

アルバム『Assume Form』もまた、大物ラッパーのトラヴィス・スコットやアウトキャストのアンドレ3000、シンガー仲間のモージズ・サムニー、そしてラテン界の新人、ロザリアらを迎えた豪華コラボレーション作品となっている。またトラヴィス・スコットとの「Mile High」やモージズ・サムニーとの「Tell Them」においては、ラップ・プロデューサーでヒットメイカーのメトロ・ブーミンも迎え入れている。

『Assume Form』における全てのコラボレーションにおいて、 ジェイムス・ブレイクはこの様々なアーティストたちのパイプ役となっており、トラヴィス・スコットやモージズ・サムニーは、浮遊感漂うコーラスとヴォコーダーの効いたヴォーカルという従来通りのスタイルの中で伸び伸びと共演している。そして、ジェイムス・ブレイクにおいては、いつもいくつかのサプライズが取り入れられる。

今作においては、「Tell Them」でフラメンコを要素を組み込み、実験音楽の作曲家、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーがプロデュースした「Can’t Believe The Way We Flow」には70年代ソウルっぽさが盛り込まれている。

参加ゲストの多くは気の知れた仲間たちで、トラヴィス・スコットの『Astroworld』、アンドレ3000の17分に及ぶインストゥルメンタルのジャズ・トラック「Look Ma No Hands」などの過去作品でも共作しているが、一方でフレッシュな新人も参加している。

スペイン出身のシンガーソングライター、ロザリアの起用は、ジェイムス・ブレイクが彼女のアルバム『El Mal Querer』を2018年に発表された作品の中で最も注目すべきものの一つとして挙げるように、彼が新しい才能にもアンテナを張っていることがわかる。この二人は、アルバム『Assume Form』の中でも数少ない成熟したポップ・ソングで、世界的ヒットのポテンシャルを秘めた「Barefoot In The Park」でコラボレーションしている。

 

「私たちを孤独から救い出すために」

21歳の若さで成功を手にした当時のジェイムス・ブレイクをベテラン・パフォーマーと見做すのは難しかったかもしれないが、30代に近づきつつある現在の彼は、アーティストとしてより自らの選択肢に確信を持ち、制作過程においても様々な知恵を得た。彼が「Power On」の中で雄弁に歌うように、自らの過ちを認めることもそんな成長の証である。

ジェイムス・ブレイクの創り出したアンビエント・ポップは、“ヘッドフォン・ミュージック”や“ベッドルーム・ミュージック”などとも呼ばれ、いつしかストリーミング・サービスを支配するようになり、現実から隔離された親密な空間で聴く類の音楽の先駆けとなった。

自らが置かれている現実から隔離されたいという衝動が強まる現代社会において、ジェイムス・ブレイクは私たちを頭の中から連れ出し、孤独から救い出すために戻ってきたのである。

Written by Laura Stavropoulos


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