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R.E.M. -『The Final Years』

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R.E.M. – 『The Final Years』

『Up』『Reveal』『Around The Sun』『Accelerate』『Collapse Into Now』

医療的な緊急事態や、種々の危機、不運に見舞われた1995年の『Monster』ツアーの日程延期など、数々の難局を乗り越えたR.E.M.は、96年の『New Adventures In Hi-Fi』で活力を取り戻し、復活を果たした。無秩序ではあるが、極めて重要な要素が随所にちりばめられたこの作品は、彼らの最盛期はまだまだこれからだということを示唆していた。

キャリアがこの段階に至るまで、米ジョージア州アセンズ出身のこのバンドは、常に周りが羨むほど仲の良い4人組に見え、4人のうち1人でも辞めることになったらバンドは解散すると、前々から強調していた。だがその決意は、1997年秋に過酷な試練を迎えた。ドラマーのビル・ベリーが、バンドからの脱退を宣言したのである。

『Monster』ツアー中にR.E.M.を襲った幾つもの病の恐怖の中でも、特に最悪な状況をベリーは生き抜いてきた。スイス滞在中、彼は脳動脈瘤破裂に見舞われたのである。『New Adventures In Hi-Fi』ではこれまで通り、精力的な役割を果たしていたが、次作に向けたセッションにバンドが着手しようとした直前、彼は脱退を決めたのだった。

「今までのようにはもう、熱意を傾けられないんだ」と、1997年10月、アトランタ・ジャーナル・コンスティテューション紙とのインタビューで語っていたベリー。「僕は世界最高の仕事に就いている。だけどそろそろ身を引いて、自分と向き合い、もうポップ・スターでいる必要はないんだという心の準備ができたんだ」。

ベリーを除くメンバーは、当初、解散について真剣に考えていた。だが自問自答を重ねた結果、ベリーの後押しを受け、バンドは活動続行を決定。しかしながら、彼の友好的な脱退によって生じた穴は、やはり埋め難いことが判明した。結局、次のアルバム『Up』は、ドラム・マシーンや、ベックのツアー・ドラマーであるジョーイ・ワロンカー、そしてスクリーミング・トゥリーズのドラマー、バレット・マーティンの手を借りて録音することとなった。

R.E.M.は、ベリーの脱退以前からずっと、ドラム・ループやエレクトロニカを使った実験を通じてサウンドをアップデートすることに熱心であった。パット・マッカーシーおよびナイジェル・ゴッドリッチ(レディオヘッド、ベック)といった新たなプロデューサー陣の助力を得て、彼らはこの新たな方向性を『Up』で追求している。アルバムとしては過小評価されているが、内省的で、聴くほどにじわじわと沁みてくる本作には、不協和音に満ちた「Airportman」や、ビーチ・ボーイズ風の美しいバラード「At My Most Beautiful」、そして陽気に浮かれ騒ぐ小生意気な「Lotus」といった珠玉のナンバーが収録されている。

バンドが新たな局面に突入したという事実を強調するため、R.E.M.は、新作のブックレットに、マイケル・スタイプによる歌詞の全編を掲載することに決めた。1998年10月に『Up』がリリースされると、いつものように肯定的な反応で迎えられ、ローリング・ストーン誌やQ誌では4つ星が付けられた。だがこのアルバムは、セールス的には『New Adventures In H-Fi』に及ばず、全米チャートでは最高位3位。英国では好成績を収め、リード・シングルである哀調を帯びた「Daysleeper」が全英チャート6位を記録した後、アルバムは全英2位を獲得してプラチナを達成している。

当初、バック、ミルズ、スタイプの3人は、このアルバムでツアーを行うつもりはなかったが、一連のプロモ公演が温かく迎えられたことから、1999年夏に欧米各国を回るアリーナ・ツアーを行うことに同意した。6月、ポルトガルの首都リスボン公演を皮切りに、9月の米マサチューセッツ州マンスフィールド公演まで、4ヶ月に渡って続いたこのツアー。その最終公演では、バンドの全キャリアを網羅する素晴らしいセットが披露され、このツアー中で唯一、バンドのデビュー曲「Radio Free Europe」が演奏されている。

『Up』に続くアルバムに即座に着手する前に、R.E.M.は回り道を行った。彼らの次なる冒険は映画業界への進出で、チェコの映画監督ミロス・フォアマンが手掛けた、アメリカの有名な喜劇俳優ジム・キャリー主演によるアンディ・カウフマンの伝記映画『マン・オン・ザ・ムーン』(英題:Man On The Moon)のサウンドトラックを担当。このサントラには、『Automatic For The People』に収録されていたオリジナルの「Man On The Moon」の再現に加え、同曲の短縮オーケストラ改訂版や、R.E.M.の素晴らしい新曲「The Great Beyond」が収録されている。この曲が独立したシングルとしてリリースされると、R.E.M.史上最高位となる全英3位を記録した。

依然として好調を維持していたバンドは、2000年夏、12作目『Reveal』の録音のため再集結した。セッションが行われたのは、カナダのバンクーバーと、アイルランドの首都ダブリン。今回もパット・マッカーシーがプロデュースを担当した他、ドラマーのジョーイ・ワロンカー、ザ・ポウジーズのケン・ストリングフェロウ、そしてR.E.M.のツアー・メンバーであるスコット・マッコーイーがアルバムに参加している。

ローリング・ストーン誌のロブ・シェフィールドは鋭い洞察力で、『Reveal』が「太陽を浴びて頭がぼんやりしているようなバラード」のアルバムだと評した。ロック的な要素はほとんどないが、このアルバムではR.E.M.の最も華やかで艶めいた面が披露されており、ピーター・バックは、彼が最初に名声を得る要因となったリッケンバッカーのジャングリーな音色を再び奏でている。また「I’ve Been High」や、切なる思いに満ちた「I’ll Take The Rain」、そしてジミー・ウェブを思わせる豪華な「All The Way To Reno(You’re Gonna Be A Star)」といった曲で、スタイプは史上最上級レベルのヴォーカルを聴かせている。

『Reveal』は評論家筋から温かい評価を受け、Q誌では5つ星。またロサンゼルス・タイムズ紙のロバート・ヒルバーンは、本作がR.E.M.にとって「長期に渡る音的な実験を経た後の、彼ららしいサウンドへの回帰」であると述べた。バンドの中心的なファン層も、本アルバムに対しては好意的な評価を与え、最終的に『Reveal』は 、全世界で400万枚ものセールスを上げる非常に堅実なヒット作となった。また発剌としたリード・シングル「Imitation Of Life」は全英トップ10入りを果たした。

バンドが次に再びスタジオ入りしたのは、2003年の『In Time: The Best Of R.E.M. 1988-2003』に収録する新曲2曲を録音するためであった。読んで字のごとく、これは1988年の『Green』から『Reveal』までの収録曲を選りすぐった、名曲集の編集盤だ。収録曲には、小気味好い「Bad Day」(元々は1986年の『Lifes Rich Pageant』に収録予定だった)および舞い上がるようなサイケ調の「Animal」といった2曲の新曲の他、「The Great Beyond」の再録音ヴァージョンも含まれている。

『In Time』は当初2枚組としてリリースされ、2枚目のCDにはレア音源やシングルB面曲が収録されており、ピーター・バックが注釈を施したライナーノートが封入されていた。当然ながら、このアルバムは売れ行き好調で、全英チャートでは1位を獲得。全米では8位となり、プラチナ認定を受けた。本作を引っ提げ、ワールド・ツアーを行ったR.E.M.は、ヨーロッパ・ツアー中に名誉あるグラストンベリー・フェスティバルのヘッドライナーも務めている。また長期に渡る全米ツアー中、ノース・カロライナ州ローリー公演では、ビル・ベリーが特別にバンドに加わり、束の間の再集結を果たした。

2004年に行ったセッションからは、バンドにとって13作目となるスタジオ・アルバム『Around The Sun』が生まれ、同年10月にリリース。このアルバムに対する意見は様々に分かれたが、本作には、興味をそそる「The Outsiders」(特別ゲストのラッパー、Qティップが決定的な役割を果たしている)や、怒りに満ちた反イラク戦争ソング「Final Straw」、そして全英チャートでトップ5入りした雄大な「Leaving New York」を始め、注目に値する曲が幾つか収録されている。本作発表後、R.E.M.は再び長期の世界ツアーに乗り出した。今回のラインナップには、スコット・マッコーイーに加え、新ドラマーとして元ミニストリーの主軸だったビル・リーフリンが参加している。

全世界で合計200万枚以上の売り上げを達成したものの、本作について、バンドは後に不満を表明していた。Q誌に対し、ピーター・バックは次のように語っている。「(『Around The Sun』が)期待ほど良い出来にならなかったという事実が、僕は嫌でたまらなかった。マイケルですら『もし今度また悪い作品を作ったら、その時は終わりだ』って言ってたよ。『冗談抜きで!』ってね」。

次こそは胸の踊るような復活を果たそうと心に決めたR.E.M.は、2007年夏、ダブリンのオリンピア劇場で5夜に渡る公演を行った。そこで彼らは、その前の冬の間に本気で書き上げた数多くの新曲を初披露。その反応に満足した彼らは、新たなプロデューサー、ジャックナイフ・リー(U2)とタッグを組み、最後から2作目となるアルバム『Accelerate』のレコーディングに本格的に取り掛かった。

『New Adventures In Hi-Fi』以来、R.E.M.にとって最も切迫感に満ちたアグレッシヴなロックンロール曲が収録された、最盛期に回帰している本作には、「Supernatural Superserious」や「Hollow Man」、そして「Man-Sized Wreath」といった、聴き手の喉元を掴んで引き寄せるような、素晴らしいシングル群を収録。評論家筋からは即座に称賛を受け、ローリング・ストーン誌のデヴィッド・フリッケは、本作について「R.E.M.史上最高傑作の1つ」だと総括している。

全英アルバム・チャートで首位を獲得した他、『Accelerate』のリリースにより、R.E.M.にとってちょっとしたルネサンス期が米国でも訪れた。全米チャートで初登場2位を記録した本作は、最終的に米国だけで35万枚以上を売り上げることに。さらにバンドは、ヨーロッパのほぼ全土を回るツアーに加え、南北の両米大陸を回る長期のツアーを行い、健在ぶりを存分に示した。

『Accelerate』によって、R.E.M.は再びバンド活動に集中するようになったと誰もが信じて疑わなかった一方、オリジナル・メンバー3人は、アルバム・ツアー中もバンドの解散について話し合っていた。だが最終的には、プロデューサーのジャックナイフ・リーと再び組み、もう1枚アルバムをレコーディングするということでお互いに合意。マイク・ミルズの言葉を借りれば、「最高の気分で、華々しく行こう」という心づもりであった。

2011年3月リリースのアルバム『Collapse Into Now』からの新曲がファンに初披露された際、R.E.M.がその目的を達成したことは、十二分に明らかとなった。ナッシュビルとニューオーリンズでの一連のセッションでレコーディングを行い、その後ヨーロッパに場を移し、有名なベルリンのハンザ・スタジオでの感動的な最終セッションで幕を閉じた本作は、多岐に渡る要素を含んだ素晴らしい墓碑銘となった。熱狂的な『Accelerate』直系のロック・ナンバー(「Mine Smell Like Honey」や、ザ・フー風のパワープレイ「All The Best」等)から、「Drive」を思わせるメランコリックな「Überlin」や、心臓が止まりそうなほど美しい「Every Day Is Yours To Win」まで、多彩な曲の数々。これを聴いたファンは、当然ながら、これで終わりにしてほしくないと強く願った。

『Collapse Into Now』は、全米チャート初登場5位を記録。全英チャートでも最高位5位に上り詰め、シルバー・ディスクを達成した。しかし、プロモーション用のインタビューは受けるものの、本アルバムのツアーは行わないという事前の公約を守った彼ら。アルバムのリリース日から半年となる9月21日、R.E.M.は円満な解散を公式に発表した。マイク・ミルズはローリング・ストーン誌に対し、「不和はないし、ケンカもしていない。弁護士が介入するような睨み合いもない。僕らは平和的にこの決断を下し、心底お互いのためを思っているよ。潮時だと感じたんだ」と語っている。

バンドはさらにもう1つ、密かにコラボ・プロジェクトを用意していた。2枚組のベスト盤『Part Lies, Part Heart, Part Truth, Part Garbage 1982-2011』がそれだ。ここには未発表の新曲を3曲収録。このリリースを記念して、マイケル・スタイプとマイク・ミルズは一連のプロモ・インタビューを行っており、R.E.M.再結成の可能性を否定している。

しかしながら、アセンズ出身のこの4人組が、過去30年間に渡り、音楽界に大きな影響を及ぼしてきたということは紛れもない事実だ。2011年のバンド解散後、アトランティック誌は、R.E.M.が「アメリカで最も偉大なバンド」であると断言。これは数10年に渡って彼らが浴びてきた、数々の賛辞に対する追加の言葉としてふさわしい。スピン誌は、このバンドの品格に満ちたやり方について「R.E.M.式」と呼んでいた時期があった。またローリング・ストーン誌は、解散後の特集で、「いわゆる“インディ・ロック”が存在していなかった時代、R.E.M.は要するに、現在の我々が知っているインディ・ロックを、事実上一夜にして生み出したのである」と宣言していた。彼らに恩義を感じているバンドは米英両国に数え切れないほど存在しているが、それについては故カート・コバーンがローリング・ストーン誌に語った言葉が、恐らく最も的を射ているだろう。「あのバンドがどうやってあんなことをやれているのか、分からないよ。参ったね、彼らは最高の中の最高だ」と。

では、R.E.M.が解散したことにより、私達が知っていた世界は終わってしまったのだろうか? 多分そうなのだろう。しかし、このバンドがこれまでに発表してきた驚異的な作品群が証明している通り、彼らの音楽は今もここに存在している。実際、定義が難しいR.E.M.の才能の結晶や入手困難な音源が、次世代の人々を唸らせるため、永続的な形で記録されていると知るのは、心強いことだ。だが同時に、彼らに匹敵するような音楽を再び聴くことは恐らくないだろうと思うと、少し身が引き締まる以上の思いに駆られてならない。

– Tim Peacock

 

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