ザ・ビートルズとバート・バカラック、1963年の接点と「Baby It’s You」
1980年代から20年以上にわたって東芝EMIの洋楽ディレクターを務め、2025年には『東芝EMI洋楽部の輝ける日々』という書籍も発売した森 俊一郎さんが、“吉野家七味”として音楽出版社フジパシフィックミュージックの公式noteにて連載を執筆中。
今回は名作曲家であるバート・バカラックとザ・ビートルズの関係について。他の連載はこちら。
<関連記事>
・バート・バカラックの魅力とは:過去100年で最高峰のソングライターの一人
・バート・バカラック、94歳で逝去。その功績を辿る
・リチャードが名曲「Close To You / 遙かなる影」 の起源を語る
スミスとザ・スミス
スミス、というバンドがいる。「あ、知ってます!モリッシーとジョニー・マーのいた1980年代のイギリスのバンドですよね?」・・・ブッブー!不正解です。それは「ザ・スミス」。
「スミス」は1969年にロサンゼルスで結成されたバンドでつづりは「Smith」、1980年代の「ザ・スミス」のつづりは「The Smiths」。2組をカタカナにすると「ザ」の一文字と「ナカグロ」一個の違いでまったくの別ものになる、というお話。しかし今日の話の肝はもちろんそこじゃない。
バート・バカラックとザ・ビートルズ
世界的に有名なバート・バカラックという作曲家がいる。2023年2月8日に惜しまれて亡くなっているので享年94! 長寿である。しかもJASRACが運営する楽曲のデータベース上だけでも708曲。代表的なところではカーペンターズであまりにも有名な「Close to You(遥かなる影)」、ディオンヌ・ワーウィック「I’ll Never Fall in Love Again(恋よ、さようなら)」や「Walk on by」、ジャッキー・デシャノンの「What the World Needs Now is Love(世界は愛を求めている)」などなど、枚挙にいとまがない。
最近はサンプリングで使われることも増えていて、ドージャ・キャットが「Walk on by」をループで使った「Paint the Town Red」なんかもかなり“いい感じ”。まずは選びに選び抜いた新旧バカラック・メロディーをこちらで体験してほしい。
そのバカラックの曲、やはりメロディも歌詞(ハル・デイヴィッドが書くことが多かったのも有名な話)も秀逸なのでカバーしているアーティストも多岐にわたる。その中でも七味的に注目したのが1995年当時シングル・カットもしたザ・ビートルズの「Baby It’s You」。これは1963年から1965年にかけてイギリスBBCがラジオ放送した音源を収録し、1994年11月に発売された『Live at the BBC』という2枚組のアルバムからのシングルだ。
前年の『The Beatles / 1962-1966(赤盤)』『The Beatles / 1967-1970(青盤)』CD化に続き、このアルバムも世界的に大ヒット、ザ・ビートルズの名声をさらに高めることになった。その当時担当していたので印象にも強く残っている。そしてさらにその翌年には『The Beatles Anthology 1』に収録された“新曲”「Free as a Bird」がリリースされ、社会現象となっていったのだ。
さて、この曲、ザ・ビートルズとしての初出はデビュー・アルバム『Please Please Me』のB面3曲目(CDで言う10曲目)。それ以前にはアメリカの女性コーラス・グループ、ザ・シュレルズが1961年にリリースしており、全米8位とヒットしている。そう、ザ・ビートルズのBBCライヴ音源はおよそ30年ぶりに陽の目を見たわけだ。
さて、史上最もレコードを売り、世界中で聴かれているザ・ビートルズと天才ヒット・メーカー、バート・バカラックとの縁はどの程度深かったのだったのだろうか? 調べてみると、意外なことにデビュー・アルバムで「Baby It’s You」を取り上げた以降バカラック曲を取り上げたことはない。つまりこの2者による“共演”は長いポピュラー、ロックの歴史の中でも1度しか実現していない。意外な気はするが、それはこういうことだ。
バカラックは1950年代からソングライターとして活躍、その頃の歌手たちはほとんどが“職業的ソングライター”の書いた曲を歌っていた。ザ・ビートルズは1962年にデビューするや、当時珍しかった“自作自演”スタイルで世界中にファンを作っていった開拓者。初期のビートルズ・アルバムには他にもカバー楽曲はあるし、このデビュー・アルバムも全14曲中6曲はカバーだ。
しかしその比率はどんどん下がり、1965年のアルバム『Rubber Soul』以降はオリジナル楽曲しかアルバムには収録されていない。つまりそんな時代の流れからして、また、デビュー曲をプロデューサー、ジョージ・マーティンが持ってきた他人の曲ではなくオリジナルにこだわった彼らの指向性と意志の強さが、以降あまりカバーには頼らないスタジオ・ワークへとつながり、バカラック曲の採用も以後なかった、というのは十分うなずける話だ。
2023年、バートが亡くなってほどなく、公式のFacebookページにポール・マッカートニーが上げていたポストには大意として抜粋ながら、
「(ジョン・レノンがMCの中で上流階級への皮肉を込めたことでも有名な)1963年10月13日の『サンデー・ナイト・アット・ザ・ロンドン・パラディウム』で同じステージに出演したマレーネ・ディートリッヒ(第二次大戦中の大ヒット「Lili Marleen」で著名)の音楽監督としてその場にいたのがバート・バカラックだったという事実を、かなり時間がたってから、後日それを本人からポールに伝えた」
というエピソードがあることを発見して驚く人も多いのではないか?
さて、最後に冒頭の“スミス”の話に戻るのだが、実はこの「スミス」のリリースした「Baby It’s You」のカバーが、この曲のこれまでのところ全米チャートでは最高位の5位を記録。オリジナルのシュレルズが1961年、こちらは1969年だからかなり時代はさがり、ロックな時代のリリース。女性ヴォーカルで、サビ手前の一番張り上げるソウルフルなところが最大の聴かせどころと言えるだろう。
そんなわけで、せっかくなのでこの原稿で取り上げた3アーティスト(シュレルズ、ザ・ビートルズ、スミス)の ”Baby It’s You” 聴き比べをぜひ!
そして、バート・バカラックに関してもっと深掘りしたくなった探求心旺盛なみなさんはぜひこちらのコラムを読んでほしい。
それでは今日はこの辺で。吉野家七味でした、バイバイ、またね!
Written by 吉野家七味 (連載はこちら)
- バート・バカラックの魅力とは:過去100年で最高峰のソングライターの一人
- バート・バカラック、94歳で逝去。その功績を辿る
- リチャードが名曲「Close To You / 遙かなる影」 の起源を語る
- ダンジグはいかにしてハードコアからメタル界のアイコンになったか
- パンクの勃興とピストルズ、そしてパンクから生まれたグランジ
- 失われた偉大なパンクのレア・シングル11枚