制作期間は約7年。シリーズ最新作『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』の妥協なきスコア
12月19日より公開中のジェームズ・キャメロン監督作、『アバター』シリーズ3作目にして最新作の『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』。進化し続ける美しい映像をさらに印象づけるこの作品のスコア楽曲は、前作『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』から担当しているサイモン・フラングレンによって生み出されています。映画公開に先駆けてリリースされたオリジナル・サウンドトラックをよしひろまさみちさんに解説いただきました。
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ジェームズ・キャメロン監督の作品と音楽、といえば、真っ先に出てくるのは『タイタニック』のスコアと、それを担当したジェームズ・ホーナーだろう。ジェームズ・ホーナーにとってもキャリアの頂点となった『タイタニック』と『アバター』はともにキャメロンの作品。だが彼は2015年に事故で急逝してしまい、1作目から20数年も続くことになる『アバター』プロジェクトのスコアワークはバトンタッチすることに。
『~ウェイ・オブ・ウォーター』から彼に代わって担当しているのは、サイモン・フラングレン。じつは彼はジェームズ・ホーナーとは親友同士であり、もっとも重要なコラボレーターでもある。『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』のスコアを担当したのもフラングレン。ジェームズ・ホーナーに代わる才能としての彼が、どういった人物かを、まずは紹介したい。
ホーナーとフラングレンの出会いは『タイタニック』。ホーナーはスコアを、フラングレンは主題歌「My Heart Will Go On」のプロデューサーとして作品に関わった。この出会いから、彼らはよきコラボレーション相手、よきライバルとしての道を歩む。2人とも映画音楽界においては職人的な作曲家であることが共通点だったが、キャリアの歩み方が全く違ったことが刺激になったのだろう。
ホーナーは幼少期から音楽学校で音楽を学び、数々の映画人やアーティストを輩出している南カリフォルニア大学で音楽の学位を取得。
対してのフラングレンは、ロンドンの学生時代にレコーディングスタジオでシンセサイザープログラマーとして勤めていた際、トレバー・ホーンに見出されて業界入り(イエス、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドなどのアルバムに参加)。アメリカに渡り、ホイットニー・ヒューストンやマイケル・ジャクソンの楽曲に参加し、セッション・ミュージシャン/プログラマーとして成功を掴んだ80年代後半、『ダンス・ウィズ・ウルブス』のスコアを作曲したジョン・バリーを紹介されたことをきっかけに映画音楽の世界へ入った。
座学で音楽理論を学んだホーナーに対し、実地のOJTでポップ&ロックを学んだフラングレンは、全くアプローチが違うアーティスト。90年代の映画音楽には、ちょうどその両方のスキルが必要なテイストが求められていたことが、彼らの運命的な出会いとキャリアのターニングポイントにつながったのだろう。
80年代の映画音楽は、映画会社、レーベル、アーティストががっつりとタッグを組んだジュークボックス形式のサウンドトラックが中心。映画からポップ&ロックの名曲が生まれただけでなく、映画と音楽の両業界から新たな才能が出てくるチャンスともなり、双方ウィンウィンのシナジー効果がみられた。
だが、その流行にのっとり音楽映画やジュークボックス形式サウンドトラックの映画が量産されたことで、90年代に入ると流行は徐々に薄れていく。が、世界的にはUKミュージックシーンの台頭もあり、ポップ&ロックの全盛期。映画音楽に求められたのは、壮大なスコアとポピュラーミュージック的なキャッチーさだった。
そんなさなかに出会った彼らは、『アバター』で協業。御存知の通り、このプロジェクトは完成までにかかった時間が長く、キャメロン監督の最初のプロット完成は94年にさかのぼる。『タイタニック』で用いたVFXの成功によって、彼が温めたアイデアが将来的に映像化できることを確信。
ただ、その当時はテクノロジーが未熟だったために、数年はドキュメンタリー製作に勤しみつつ、20世紀フォックス(現在の20世紀スタジオ)の幹部を口説くことに専念した。
音楽に関しては、主な撮影を終えたのち、07~08年はじめにかけてホーナーに作業を依頼し、民族音楽学の権威と協力しながらナヴィ族の言語を歌詞にしたコーラスとスコアを制作。ホーナーはキャメロンに対して『アバター』が完成するまで外のプロジェクトに手をつけず4時から22時まで専念すると約束し、ナヴィ族的なサウンド構築のスコアとトラディショナルなオーケストラスコアを融合した。
その期間、約11ヶ月。フラングレンはその一方で、このスコア内で使われるデジタルサウンドのサポート・編曲で関わりつつ、レオナ・ルイスが歌う映画のテーマソング「I See You」の共同執筆&プロデュースを務めている。
いわば、この期間で彼はホーナーのサウンド構築と、『アバター』でホーナーが表現しようとした世界観を習得したのだ。その学びの証拠は、ホーナーの死後、すぐにみられた。ホーナーが死の直前まで手掛けていた『マグニフィセント・セブン』のスコアを引き継ぎ完成させているからだ。
さて、『~ファイヤー・アンド・アッシュ』のサウンドトラックではどうだったのか。BBCのインタビューでは彼はこう答えている。「1907ページのスコアを約7年かけて制作した。監督にとって『アバター』の音楽は、俳優のパフォーマンスと同等に重要と考えていて、全く妥協しない」
たとえば、風の商人(空挺で集落を渡る商人の部族)が現れるシーンの「The Windtraders」では、身長3mで指は4本のパンドラの人々が、楽器を鳴らして祝福する。このシーンでは楽器が出てくるため、フラングレンがそれら楽器と楽器を持つ人々をデザイン。それをVFXスタジオのアーティストたちが劇中キャラクターにあうよう3DCG化しただけでなく、3Dプリンターを使って楽器そのものを制作し、俳優のパフォーマンス・キャプチャー時に演奏させた。彼は新しい音だけでなく、楽器自体も作り出したことになる。
このように俳優の芝居と感情の動き、カメラワークなどにあわせた各楽曲は、大海を主な舞台とした前作『~ウェイ・オブ・ウォーター』と比較すると、タイトル通りにさらに激しくドラマチックに聞こえるだろう。妥協のないサウンド構築はこれだけではない。本作の本編は公開間際まで編集をしていたため、音楽もタイミングなどの直しが必要となり、公開5日前までレコーディングをしていたそう。
本作の音楽制作に約7年……ということは、フラングレンがホーナーと共に作り出した1作目の『アバター』が公開される前から取り組んでいたことになる。しかも、キャメロンはすでに2029年公開予定のパート4、そして2031年公開予定の完結編の脚本を完成させており、すでに撮影も開始。本作のスコアを聴き込むほどに、ホーナーが『アバター』のときに「キャリア最大のチャレンジだった」と語った制作プロセスを受け継いだフラングレンが、このプロジェクトと最後まで伴走する覚悟が見える。
Written by よしひろまさみち
Simon Franglen
『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ(オリジナル・サウンドトラック)』
2025年12月5日配信
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