名門レーベルVerveの新星aron!(アロン)、新作『Too Close For Running』に込めた想いや自身のルーツ

Published on

Photo: Isabel Crist

グラミー受賞アーティストを数多く輩出してきた名門Verveレコードが、今最も熱い視線を注ぐ23歳のシンガー・ソングライター/マルチプレイヤー、aron!(アロン)。2025年にリリースしたデビューEP「cozy you」がバイラルヒットを記録し、あのジョン・メイヤーからもその類まれなソングライティングを絶賛された彼が、2026年9月18日、デビュー・アルバム『Too Close For Running』をリリースする。

クラシックの高度な作曲技法、ジャズへの偏愛、そしてZ世代らしい等身大の感性が同居する“居心地の良いポップス(=cozy pop)”はどのようにして生まれたのか。2026年9月14日、15日にブルーノート東京にて初来日公演を目前に控えた彼に、アルバムの制作プロセスからそのユニークなルーツまでをじっくりと聞いた。

ここ数年、ジャズやクラシックの様式を現代のポップスへと昇華させる若いアーティストたちの静かな地殻変動が起きている。レイヴェイやサマラ・ジョイらが世界的な人気を博す中、その最前線に現れたのが、ノースカロライナ州シャーロット出身のaron!だ。

自らの音楽を“cozy pop”と呼び、日常の小さな高揚感や不確かさを温かみのあるメロディで包み込む彼のサウンドは、聴き手の耳元にそっと寄り添い、語りかけてくるような、心地よく密やかな空気感をたたえている。だが、彼自身はこうしたジャズ・ポップの復権を非常に客観的に見つめている。

2025年のEP「cozy you (and other nice songs)」が、わずか1週間で書き上げられ、大学の友人たちと2日間でレコーディングされた衝動的な作品だったのに対し、今回のフル・アルバム『Too Close For Running』は、彼がこれまでの歩みのすべてを込め、1曲1曲とじっくり対話するように作り上げた、極めて純度の高い作品となった。

<関連記事>
ジョン・バティステがピアノでつなぐモーツァルトとモンク
aron!とは?:老舗レーベルが送り出す22歳が“ジャズ・ポップ”をやる理由


人生で書いてきた曲をすべて詰め込んだようなアルバム

――今回のデビュー・アルバムは、EPの時とは制作の進め方がかなり違ったようですね。

aron!: ええ、今回は本当に長いプロセスでした。いわば、ぼくがこれまでの23年間の人生で書いてきた曲をすべて詰め込んだようなアルバムなんです。ファースト・アルバムって、どうしてもそうなってしまうものですよね。ですからEPに比べると何倍も時間をかけて、じっくりと考えながら取り組みました。

ただ、それは「cozy you」の時に考えが足りなかったという意味ではないんです。時間のかけ方が違うからこそ、サウンド面でも大きな進化を感じていただけると思います。出口のない泥沼にハマったわけではなく、前向きに熟考を重ねた結果であり、とても満足しています。

――アルバムは“恋、リスク、そして思い切って踏み出すこと”がテーマだったそうですね。日常の微細な感情や、現代の恋愛における傷つきやすさを曲にする上で、ソングライティングにおいて特に意識したことは何ですか?

aron!: 自分の感覚、ただそれだけですね。曲を書く時は、余計なことは考えずにただ座って、お腹の辺りで何を感じているかに集中するんです。“今、ぼくは何を感じているんだろう?”って。そうすると、お腹が自然と“こう表現すればいいよ”って答えを教えてくれます。ぼくはお腹の感覚をすごく信じているんですよ。そこから感情をすくい上げて、そのまま曲にします……“今日、ぼくはお寿司を食べて、(お腹が)すごく幸せな気分〜♪”って。ほら、これで次の新曲ができた(笑)。

80歳の師との出会い

――(笑)。お腹の感覚からすくい上げる等身大の曲調もさることながら、その奥にあるクラシカルで洒脱なジャズのコード進行も非常に魅力的です。ご両親の影響で、家ではレッド・ツェッペリンやニルヴァーナといったグランジ、クラシック・ロックに囲まれて育ったそうですが、なぜジャズという、ある意味、逆方向とも言える道に進まれたのでしょうか?

aron!: 8歳の時にゲームの『ギター・ヒーロー』をきっかけにギターを始めて、最初はロック・ギターを弾いていました。でも、11歳か12歳の頃、地元の楽器店で、後にぼくのメンターとなる80歳のジャズ・ギター講師、スタンに出会ったことが決定的な転機になったんです。彼は変わったギターを弾いていて、その姿に一瞬で魅了されましたね。スタンはぼくに楽譜の読み方を教えてくれて、「Black Coffee」や「The Shadow of Your Smile(いそしぎのテーマ)」といった古いジャズ・スタンダードの美しさを授けてくれました。

――そこから一気にジャズの深みへと入っていかれたのですね。

aron!: そうですね。彼の散らかった、新聞紙がうず高く積まれた家で、夜中の12時までレッスンを受けていました。実際には、彼が自分の人生の様々な話をしてくれるのがほとんどで、ギターを弾いたのは最後の30分くらいだったんですけどね(笑)。それでも、彼が教えてくれた“何をするにしても、その分野でベストにならなければいけない”という言葉は、今でもぼくの心に深く刻まれています。

――そうして培われたあなたの音楽の心地よさは、マイケル・フランクスやケニー・ランキンのような70年代のAORやジャズ・ポップを想起させますが、彼らからの直接的な影響や、インスピレーションを受けた部分はありますか?

aron!: 実を言うと、彼らから大きな直接的影響を受けたわけではないんです。ぼくはまず30年代や40年代の初期のジャズ・スタンダードやボサ・ノヴァを先に聴いて、掘り下げていました。そうしたら、周りの人から「マイケル・フランクスは知ってる?」と聞かれて聴くようになり、“ああ、なるほど。彼らとぼくはきっと共通のルーツ(30年代・40年代の音楽)を持っているんだな”と腑に落ちたんですね。

――マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンよりも、トミー・ドーシーやエリック・ドルフィーを好むなど、王道から外れた少しマイナーなアーティストに惹かれるあまのじゃくな一面もあるようですが、それはなぜでしょうか?

aron!: 王道から少し外れたものに惹かれる性質があるんです。古いソングブックのスタンダード曲でも、「Fly Me to the Moon」のような誰もが知っている曲より、「Mad About You」や「Mean to Me」といった、少し隠れた名曲に魅力を感じるんですよ。

Z世代とオーセンティックな音楽

――今のZ世代のリスナーが、そうした王道から少し外れたもの、かつオーセンティックな音楽に惹かれているのはなぜだと思いますか? また、Instagramがバズったことで世に出たあなた自身、デジタルプラットフォームの存在をどう捉えていますか?

aron!: 若い世代がこういうオーセンティックな音楽に惹かれているのは、もしかしたらテクノロジーの進化に対する疲れの反動なのかもしれませんね。

人々がヒューマンでリアルなものへと立ち返りたいという願望を持っているんだと思うんです。ぼくの曲の多くも、リスナーをデジタルの世界から引き離して、現実世界の素晴らしさに連れ戻そうとしています。ただ、そのメッセージをソーシャルメディアというデジタルのプラットフォームで発信しているというのは、なんだかおもしろいパラドックスなんですけどね(笑)。

結局は、与えられたツールをどう活かすか、ということなのだと思います。ぼくは大好きな古い音楽を人に届けたくて、今の時代ならではのツールを使いました。そうしたら、ぼく以外の多くの人々がそれを良いと思ってくれて、繋がることができた。それでも、ソーシャルメディアから完全に離れるのは難しいんですけどね(笑)。

まさにその通りですね。そんなテクノロジーとオーガニックな音楽の交差点で、あなたのギターヒーローであるジョン・メイヤーが「Wonderful Thing」や「table for two」でのあなたのセンスを大絶賛しています。これについてはどう感じていますか?

aron!: ちょっと怖いくらいですよ、本当にありえません(笑)! だって、彼がぼくの曲を取り上げてくれたのは、これで3回目なんですから。最初は「table for two」、次に「Wonderful Thing」、そして最近では「Not For A Lack Of Trying」。

ぼくの音楽を聴いてくれるリスナーは誰であれ全員が大切ですけれど、ずっと聴き続けてきた憧れのジョン・メイヤーからそう言っていただけるのは、もう頭がどうにかなりそうなくらい、めちゃくちゃ光栄なことです。彼が聴いた時に、“お、この子はぼくの音楽を聴いて育ったのかな?”って気づいてくれたのかもしれないですね。

「曲作りは言葉を使った複雑なパズルだ」とも発言されています。14歳までは数学者を目指していたそうですが、その論理的なアプローチは音楽に繋がっていますか?

aron!: 完全に繋がっていると思います。特に、歌詞の韻の構成(ライムスキーム)にはものすごくこだわっているんです。もしAメロ(ヴァース1)で特定の韻の踏み方をしたら、Bメロ(ヴァース2)でも絶対に同じパターンの韻の構成にしなければいけない、というのがぼくの持論なんですよ。

周りからは“クレイジーだ”って笑われるかもしれませんけどね。韻を踏むゲームでいえば、ラッパーたちはその最高レベルにいるわけで、ぼくが普段やっていることよりさらに先まで押し進めています。たとえばインターナル・ライム(内部韻)とか、めちゃくちゃクールだと思います。

今作のサウンド・プロダクションにおいても、そのような緻密なパズルのようなこだわりはあったのでしょうか? クレイロの『Charm』がお気に入りだそうですが。

aron!: 『Charm』は、そのサウンド・プロダクションが本当に素晴らしくてよく聴いていました。でも、だからといって彼女の真似をしたいわけではなく、自分の音を追求したかったんです。最近のデジタルで処理されたプロダクションにするつもりはまったくなくて、ぼくが目指したのは70年代のレコーディング・スタイルのようなオーガニックな温かみでした。

今回はシンセサイザーのJUNOは使いましたけれど、ストリングスやホーンも含めて、基本的にはすべて本物の生楽器で録音しています。温かみのあるリアルでオーガニックな音じゃないと駄目ですよね、だってこれは“cozy pop”なんですから!

メイ・シモネスとの共作、そして初来日公演へ

その温かみのあるサウンドの中に、ドディー(dodie)やメイ・シモネスといったゲストたちとのコラボレーションが収められています。特にメイ・シモネスとの「Macramé」は、ふたりのバイリンガルな感性が完璧に溶け合った素晴らしい仕上がりですが、彼女との制作はいかがでしたか?

aron!: メイはぼくにとってすごく大きなインスピレーションを与えてくれる存在なんです。実は今、メイという女の子と付き合っていまして。彼女と一緒に住むことを想像して──ちょっと先走りすぎなんですけど(笑)──部屋にポスターを貼ったり、マクラメ(糸や紐を手で結んで模様や立体的なデザインを作り出す、伝統的な手芸・織物)を飾ったりする歌を書きました。メイはマウイ島の火山へ向かう車の中で自分の歌唱パートを書き上げて、彼女らしいクレイジーで最高なギター・フレーズを弾いてくれたんですよ。

英語と日本語が美しく混ざり合うのも、非常にユニークなアプローチです。

aron!: メイに英語の歌詞を全部書いてもらい、ぼくが日本語の歌詞を書いた……というのは冗談なんですけど(笑)、日本語を覚えるのはすごく楽しかったです。今後ライヴで演奏する時はぼくが歌わなければなりませんから。今は日本語のパートもちゃんと自分で歌うことができるようになって、今から日本で歌うのが楽しみであり、ちょっと怖かったりもしますが。メイとのコラボは、アルバム全体に素晴らしいクリエイティヴな刺激を与えてくれました。

日本のアーティストでは、ギタリストの高中正義さんがお好きだというのも驚きです。どのようなところに魅力を感じますか?

aron!: 高中さんのギターの、エレクトリック・ギターからはなかなか出せない、すごくやさしくて好奇心に満ちたエネルギーが大好きなんです。彼と日本でコラボレーションできたら最高ですね! ぼくにとっては、ジョン・メイヤーに会って何かを一緒にやるのに匹敵するくらい、とてつもないことになると思いますよ(笑)。

9月14日、15日には、いよいよブルーノート東京での初来日公演が控えています。日本のファンへのメッセージと、どのようなステージにしたいかの展望を教えてください。

aron!: (日本語で)「ぼくは、ニッポンが大好きです!」 前回のプロモーション来日では東京に4日間ほどしかいられなかったのですが、本当に大好きな街になりました。今回はもっと長く滞在する予定なので、温泉にも行きたいし、お寿司やラーメンを食べてハイボールをたくさん飲むのを楽しみにしています(笑)。

ブルーノート東京のライヴでは、ベース、ドラム、そしてぼくというトリオ編成でステージに立ちます。メンバーは全員日本人の素晴らしいミュージシャンたちなのですが、実はまだ直接会ったことはないんですよ。日本に着いたらすぐにリハーサルをして、どのくらい親密な空間にするか、どういう方向性にするかをみんなで決めていく予定です。

今回のデビュー・アルバム『Too Close For Running』には、ぼくの大好きな曲、そして大好きな人たちと一緒に作った大切な音楽がたくさん詰まっています。ぜひ日本のみなさんにも聴いていただいて、気に入ってもらえたらこれ以上にうれしいことはありません。ブルーノート東京で会いましょう!

Written By 油納将志


aron!『Too Close For Running』
2026年9月18日発売
CD / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music



 



Don't Miss

{"vars":{"account":"UA-90870517-1"},"triggers":{"trackPageview":{"on":"visible","request":"pageview"}}}
モバイルバージョンを終了