20世紀を代表する“マエストロ”レナード・バーンスタインとは?

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© Susesch BAYAT

20世紀を代表するマルチな音楽家、レナード・バーンスタイン(1918年8月25日―1990年10月14日)。作曲家として1957年にミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」を当て、指揮者として1958年にニューヨーク・フィルハーモニックで米国人初の音楽監督に就くなど、第二次世界大戦後のアメリカン・ドリームを象徴する存在だった。ヨーロッパにも活躍の場を広げるなか、プライベートの場面は複雑な影を深めていく。

グラミー賞を16回受賞し、指揮者としてはカラヤンと人気を二分する活躍をみせた“マエストロ”レナード・バーンスタインとは?彼を知るための8章。音楽ジャーナリスト、池田卓夫さんによる寄稿。


1)一夜明けたら有名になっていた

すべては1943年11月14日、1本の電話から始まった。ドイツ出身のユダヤ人でナチスの迫害を逃れ米国で活躍していた67歳の巨匠、ブルーノ・ワルター(1876―1962)の急病を受け、25歳で無名のバーンスタインがニューヨーク・フィルの代役に抜擢された。

プログラムには音楽史でドイツ・ロマン派と呼ばれる時代から近代にかけての多彩な作品が並び、難易度も高かったが、バーンスタインは鮮やかに振り分けて喝采を浴びた。ラジオ中継もされていたので、センセーションが広がった。バーンスタイン自身も「一夜明けたら有名になっていた」と振り返り、15年後のニューヨーク・フィル監督就任につながる階段の入口に立った。

© Arthur Umboh /DG

2)ウェスト・サイド・ストーリー

バーンスタイン作曲のミュージカルには1949年の映画《踊る大紐育》に転じた《オン・ザ・タウン》(1944)、《ワンダフル・タウン》(1953)、《キャンディード》(1956/1989改訂)などもあるが、《ウェスト・サイド・ストーリー》(1957)の成功は群を抜いた。ブロードウェイでの成功を受けて1961年(ロバート・ワイズ&ジェローム・ロビンズ監督)、2021年(スティーヴン・スピルバーグ監督)の2度、映画化された。

作曲家バーンスタインは「一発屋」と見られるのを好まず、3曲の交響曲やロックを取り入れたシアターピース形式の《ミサ》などシリアスな作品も書き、オペラでは《タヒチ島の騒動》(1952/1983年に《静かな場所》へ改訂)を発表した。これらの純音楽作品も映画の中に現れるが、《ウェスト・サイド》を超える成功は、生前には得られなかった。

3)グスタフ・マーラー

ニューヨーク・フィル時代最大の功績はユダヤ系の指揮者&作曲家の立場を共有、1909〜1911年には同フィルの常任指揮者も務めていたグスタフ・マーラー(1860―1911)の交響曲を集中的にとり上げて世界規模の歴史的再評価を促し、1人の指揮者による交響曲全曲(第1〜9番と未完の第10番のアダージョ、交響曲《大地の歌》)録音の先駆者に。

ワルターやウィレム・メンゲルベルク(1871―1951)、オットー・クレンペラー(1985―1973)らマーラーと直接関係のあった世代のマエストロたちに比べると、バーンスタインの解釈ははるかに“3D”でスペクタクル。誰が聴いてもドラマティックな興奮を覚えるものだった。筆者も高校生の時に初めて接し、ベートーヴェンやモーツァルトなど古典の形式を備えた交響曲とは一変、「おもちゃ箱をひっくり返した」ような音の万華鏡、感情の振幅の激しさにびっくりしたのを覚えている。

4)政治の季節

1973年1月19日、共和党のリチャード・ニクソン(1913-1994)の米国大統領再選を祝う前夜祭。ユージン・オーマンディー(1899-1985)指揮の公式演奏会にぶつけるかのように、バーンスタインはハイドンの「戦時のミサ」をワシントン大聖堂で指揮した。泥沼化したベトナム戦争がようやく終わり、アメリカ人の無力感と反戦意識が強まった時点、権力者に当て付けるかのようなバースタインの「平和のためのコンサート」には多数の聴衆が押しかけ、入れきれない人々は雨の中、野外の中継に聴き入った。

このエピソードは1974年の「FMレコパル」8月12日号(小学館)掲載された手塚治虫の漫画「雨のコンダクター」の題材にもなっており、バースタインへの深い共感を滲ませたその筆致は劇的で、ファンの間で隠れた名作として語り継がれてきた。バーンスタインは熱心な民主党支持者で、ジョン・F・ケネディ(1917―1963)を理想の政治家として尊敬した。共産主義にも理解を示し、アフリカ系アメリカ人の公民権運動にも積極的に関わった。

5)ウィーンでの勝利

1969年に「もっと作曲に専念したい」としてニューヨーク・フィルを退いた後はどこの楽団の常任ポストも引き受けなかったが、1966年、初めて客演したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とは“相思相愛”に陥った。

ウィーン・フィルとはベートーヴェン、シューマン、ブラームスと王道ドイツ音楽の交響曲全集、マーラー再録音の一部、モーツァルトの「後期6大交響曲」やシベリウスの「交響曲第1、2、5、7番」などを録音。さらにベートーヴェン《フィデリオ》、R・シュトラウス《ばらの騎士》、ヴェルディ《ファルスタッフ》いったオペラ全曲の名盤も遺すなど、「音楽の都」ウィーンでの成功は圧倒的だった。

6)「帝王」カラヤン

第二次世界大戦後のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に終身首席指揮者・芸術監督として君臨したヘルベルト・フォン・カラヤン(1908―1989)との「ライバル関係」はレコード産業の興隆、音楽産業のグローバル化を背景として、多分にジャーナリズムが書き立てたものだった。実際には互いの音楽を認め、バーンスタインは“不仲”説を公式に否定した。

1980年代後半には2人で指揮を分け合う合同演奏会の開催を提案、カラヤンも快諾したが、2人の相次ぐ死で幻に終わった。バーンスタインが生涯ただ1度ベルリン・フィルに客演してマーラーの「交響曲第9番」を指揮(1979年10月4&5日)、ライブ盤が高い評価を集めると、カラヤンは同曲のセッション録音(1979〜1980年)を制作したにもかかわらず、ライブ盤(1982年9月30日)も追加した。いまやドイツ・グラモフォンのカタログには3点が仲良く鎮座、微笑ましい対抗意識の記憶をとどめる。

© Susesch BAYAT/DG

7)フェリシア・モンテアレグレ

バーンスタインはニューヨーク在住の世界的ピアニスト、チリ出身のクラウディオ・アラウ(1903−1991)から生徒の1人でミュージカル女優の卵、コスタリカのサンホセ生まれのチリ人フェリシア・モンテアレグレ(1922―1978)を紹介され1951年に結婚、3児を授かった。フェリシアは1976年まで舞台に立ち、バーンスタインをはじめとする世界のマエストロが指揮する演奏会のナレーターも務めた。社会活動家としとしては『アメリカ自由人権協会』の女性部議長を務め、反戦団体『平和のためのもう一人の母』初期の支援者だった。1970年1月には『ブラックパンサー21』の家族を支援するための募金活動を主催して物議を醸し、1972年にはワシントンDCの反戦抗議デモで逮捕されたと記されている。

フェリシアが癌で余命宣告されるとバーンスタインは一切の仕事をキャンセル、亡くなるまで付き添った。

8)LGBTQ

LGBTQの文字が踊る以前の時代。バーンスタインは公式カミングアウトこそ控え、フェリシアを心から愛したにもかかわらず、同性への性的嗜好を隠さなかった。

Written by 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)


20世紀の音楽史に大きな足跡を残したレナード・バーンスタイン。12月20日からは彼をモデルにした映画『マエストロ:その音楽と愛と』がNetflixにて独占配信される。オリジナル・サウンドトラックは、注目の若手指揮者、ヤニック・ネゼ=セガン率いるロンドン交響楽団が担当。《ウエスト・サイド・ストーリー》《キャンディード》など、バーンスタインの名演名作を網羅している。映画『マエストロ:その音楽と愛と』は、第27回ラスベガス映画批評家協会賞で主演男優賞と脚本賞を受賞、第81回ゴールデングローブ賞主要4部門にノミネート(2024年受賞式)、第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門にも出品され、今後も主要映画賞を席巻することが期待されている。

また、ドイツ・グラモフォンはバーンスタインの代表作を収録した2枚組のコンピレーション『ザ・マエストロ~レナード・バーンスタイン ベスト』をリリース。そのリリースを記念して、オフィシャルYouTubeチャンネルで「Leonard Bernstein – A Glimpse of his Genius」という動画シリーズを公開中。バーンスタインにまつわるエピソードが紹介されている。こちらも是非チェックしていただきたい。


■リリース情報

レナード・バーンスタイン『ザ・マエストロ~レナード・バーンスタイン ベスト』
2023 年 12月 1 日(金)発売
CDApple Music / Spotify /Amazon Music


■リリース情報

ヤニック・ネゼ=セガン『マエストロ:その音楽と愛と(オリジナル・サウンドトラック)』
2023 年 12月 1 日(金)発売
CDApple Music / Spotify /Amazon Music


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