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ビースティ・ボーイズ『Paul’s Boutique』解説:今の時代にはほぼ制作不可能な革命的傑作

ビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)がデビュー作『Licensed To Ill』に続くアルバムのレコーディングに取りかかった頃、彼らはすでに自ら追い込まれた状況に置かれていた。
デビュー作は、ロック由来のキャッチーなフックとハードなラップ、そして爆発的なヒット・シングルを武器に、あっという間にプラチナ・セールスを達成した。しかしその一方で、MCA、マイク・D、アドロックが作品全体で描いていた大学生の悪ノリ文化(フラット・ボーイ・カルチャー)の風刺は、多くのリスナーに額面どおり受け取られてしまった。
その結果、本来は皮肉やパロディとして作り上げたキャラクターが、彼ら自身のイメージとして独り歩きし始める。それは、マイク・Dが首から下げていたフォルクスワーゲンのエンブレムを鎖につないだ巨大なネックレスよりも重い足かせとなり、バンドの将来を危うくしかねない存在になってしまっていた。
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ダスト・ブラザーズとのコボレーション
その3年後、ビースティ・ボーイズはDef Jamを離れ、Capitol Recordsへ移籍。そして、“一発屋”のレッテルを払拭する次なる作品を生み出すべく、ダスト・ブラザーズのスタジオへと向かった。幸運なことに、このプロデューサー・デュオは当時、ビート、楽曲の断片、映画やテレビのセリフ、さらには手当たり次第に集めたあらゆる音素材を組み合わせた、極めて複雑なコラージュ作品を制作していた。
ビースティ・ボーイズは、その奔放で無秩序なサウンド・コラージュの中に、自分たちが進むべき新たな方向性を見いだす。それこそが、後に名盤『Paul’s Boutique』へと結実する土台となった。後年、アドロックはイギリスのClash誌のインタビューで当時をこう振り返っている。
「あのトラックの多くは、彼ら(ダスト・ブラザーズ)がクラブ向けのインスト作品としてリリースするつもりで作っていたものだったんだ。だから僕らが“この上でラップしたい”と言ったら、彼らはかなり驚いていたよ。“情報量が多すぎてラップには向かない”と思っていたからね」
ダスト・ブラザーズは、「ラップしやすいようにトラックをシンプルなビートだけに作り直そうか」と提案したが、ビースティ・ボーイズはその申し出を断る。彼らはむしろ、その過密で雑多なサウンドにこそ可能性を感じており、新たなコラボレーターとともに、その複雑なトラックに合わせた楽曲制作へとすぐさま取りかかったのである。
発売当時の反響と膨大なサンプリング
1989年7月25日にリリースされた『Paul’s Boutique』は、架空の洋品店の名前をアルバム・タイトルに採用している。実際にジャケット写真に写っているのは、マンハッタン・ロウアー・イースト・サイドにあった“Lee’s Sportswear”で、LPジャケットを見開くと、ラドロー通りとリヴィントン通りの交差点を写したパノラマ写真が出現する。しかし、発売当初、この作品は『Licensed To Ill』のような豪快で悪ノリ全開のパーティー・ラップを期待していたリスナーを大いに戸惑わせた。その後、時を経るにつれ評価は一変し、現在ではヒップホップ史を代表する金字塔の一つとして広く認められている。
アルバムでは、ザ・ビートルズからジョニー・キャッシュに至るまで、膨大な楽曲をサンプリング。あまりにも引用元の多さに、その出典を検証する専門サイトまで誕生しており、使用されたサンプル数は100曲から300曲とも言われている。『Paul’s Boutique』は、サンプリングという手法によってヒップホップがどこまで自由な表現を実現できるかを鮮やかに示した作品だった。
一方で、この時代は無断サンプリングをめぐる訴訟が急増し始めた時期でもある。関係者は、アルバムに使用されたサンプルはすべて正式に権利処理を行ったと証言しているが、そのために費やした費用は約25万ドルに上ったとされている。もっとも、その金額でさえ、現在のサンプル使用料と比べればはるかに安価である。
ビースティ・ボーイズとダスト・ブラザーズは、サンプリング文化の可能性を最大限に押し広げた一方で、その直後には法的・商業的な規制が急速に強まり、その扉は再び閉ざされてしまった。つまり、『Paul’s Boutique』は、今の時代にはほぼ制作不可能なアルバムなのである。
音楽的スタイルの幅の広さ
『Paul’s Boutique』の圧倒的なサンプリングの数々に匹敵するのが、ビースティ・ボーイズ自身の音楽的な振れ幅の広さである。「Hey Ladies」は、ファンク色の濃いグルーヴに乗せて、自分たちのプレイボーイ的なイメージを皮肉たっぷりに描いた楽曲だ。
「リズムに乗って、こっちへおいで/心はオープンなんだから、みんな中に入ってこいよ」
そんなリリックからは、彼らならではのユーモアと独特の色気が感じられる。一方、「Shake Your Rump」は、本来ならパーティー・アンセム級のシングルになっていてもおかしくなかったほどの勢いを持つ楽曲であり、アルバム屈指の高揚感を生み出している。
さらに「Hello Brooklyn」では、マイアミ・ベースの要素を大胆に取り入れ、この曲はアルバム終盤を飾る約12分間の組曲「B-Boy Bouillabaisse」を構成する9つのパートの一つとして組み込まれている。
そのほかにも、「5-Piece Chicken Dinner」は、わずか20秒ほどの騒々しいホーダウン(カントリー風のダンス音楽)で、一気に「Looking Down The Barrel Of A Gun」へとなだれ込む。この流れは、パンク・バンドとして活動していた初期のビースティ・ボーイズへのオマージュであると同時に、後の代表曲「Sabotage」へとつながるロック色の強いスタイルを予感させる重要な瞬間にもなっている。
「Egg Man」では、ビースティ・ボーイズはデビュー当時の悪ノリ大学生(フラット・ボーイ)のキャラクターをあえて再び持ち出している。だが、ここでは、銃撃戦の銃弾(bullet shells)を卵の殻(eggshells)へと置き換え、“間抜けなストリート騒動”として描くという歌詞の巧みさによって、彼らがラッパーとしてどれほど成長したかを証明してみせた。
この楽曲は、Rolling Stone誌がレビューで指摘した「くだらないタフガイの虚勢」を体現しており、同誌はそれでもなおこの曲を「実に巧妙で、腹を抱えるほど笑えるナンセンスだ」とも評価している。
また、批評家ロバート・クリストガウは、Playboy誌のレビューで次のように記している。
「彼ららしい無責任かつ模範的なやり方で、薬物乱用、人種差別、暴力など、自分たちが助長していると誤解されがちな現実の悪徳そのものを笑い飛ばしている」
まさに、“誤解したのは愚か者だけだ”ということだ。アルバム『Paul’s Boutique』は発売当初こそ評価が伸び悩んだものの、時間をかけて真価が認められた。ビースティ・ボーイズを“パーティーをする権利をめぐる戦いに敗れた一発屋”と決めつけていた人々は、やがて自らの見方を恥じることになる。彼ら自身のリリックを借りて言えば、「新しいサイエンスを持ち込み、新しい知識を叩き込む」存在となった彼らは、大学では学べないレベルのMCへと進化していたのである。
Written By Jason Draper
ビースティ・ボーイズ『Paul’s Boutique』
1989年7月25日発売
LP / iTunes Store / Apple Music / Spotify / Amazon Music / YouTube Music
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